先日、僕の可愛い妹が家に遊びに来ました。

家に着くや否や


「なんの為にお兄ちゃんは生きてるの?」


と言ってきたので、僕は笑顔で生きていてすいませんフヒィと言いました、おかわりお願いします。






ちなみに、僕に妹は居ません。







って言うどうでも良い話し、なんだこのブログ。






唐突ですが、人生って「積み木崩し」みたいなもんだと思いませんか?思いますよね?思わないのか?思えないのか?






人生の岐路にある選択肢を積み木崩しに例える、季節も大々的な人の縮図だとして、もっとシンプルにしたものがソレ。




何処の抜くのか、何処に置くのか、選択肢は限られてる様で実は無限大。





崩れる様も、揺らぐ様も、不安定な要素を含む積み木崩し程人の過程に似て異なる、と。





右に行くのか、左に行くのか、前に進むのか、後ろを振り返るのか。





頑張りすぎるとネガティブさに負け、手が震え、選択肢を誤る。




だから理由はなくとも後ろを振り返る、理由はなくとも積み木を抜かない選択肢を選ぶ。





人生ではパスが出来る、だから人に流されて生きる事も程々に自分の意思で順番を譲る勇気も必要なの

かと。







まぁ、何がある訳でもないですが、取り合えず思った事を書いているだけです、アホな文章を書いた故に。








と言う事で寝るのです、後俺に妹は居ない。

今日っちゅーか昨日は母の日でございました。


二ヶ月ぶり位に電話したら



「あんた生きてたの」



と言う割とエグい暴言吐いてきやがりました、でも完全に俺が悪い、10:0で俺が悪い。


特にこれと言った事を伝えた訳じゃないですが、ありがとうの一言を添えておきました。



昔は喧嘩しかしてなかったけど、親元を離れて解る大切さもあるもんです。


上京して早7年になりますが、こっちに出てくる時母親に何も言わず出てきたんですよね、出かけてくるとは言った気がするけど。



二週間後位にお袋様から電話があり



「あんた今どこにいんの!?」



と物凄い剣幕で言われたのを覚えています、多分酷い顔をしていたに違いない。


二つ返事で東京、とだけ伝えると何時帰ってくるの?と聞かれ、5年後と言った記憶もあります、俺はバカなのか。



流石のお袋様も絶句してました。



「じゃ!そのうち帰るわ!」



と言って電話切ったのも覚えてます、俺ホントバカ。



ただまぁ、特に住む場所もあった訳でもなく、所持金も全くない状態でキャリーバッグに服だけ詰め込んで上京しちゃったので来てからの半年は非常に苦労しました。


色んな知人の家を転々とし、昼夜問わず働き続けて、時には野宿しながら生きてたので来て二ヶ月目位で



「あ、俺野垂れ死ぬかも」



と思いましたね、先見性全く無し。



そう思えば今の生活はまぁ割かし幸福なのかしら、やりたい事は出来てないけど。


そもそもバンドやりに上京したのに普通に働いてちゃ本末転倒です。



故の再活動な訳ですが。




今年の母の日はカーネーションを歳の数だけ贈りつけてやりまして、多分実家の猫が花食って終わりな気もするけど。


まぁ、ありがとうとだけ言えたので個人的には満足。




話は変わって、猫を飼いたい衝動がはんぱないです、マジパない。


物心ついた頃から何かしらの動物に囲まれて過ごしてたのもありますが、その中でも猫はもうホントやばい、マジ猫。


どれくらいやばいかと言うと、猫がもうホント可愛すぎてもうマジやばい、もうホントマジやばい猫やばい。



猫の事を話し出したら3時間は余裕で語れるレベル、猫ホントやばい。


実家にも猫二匹居るんですが、またこれがもーホントにちょーかわいくてマジやばい猫やばい。



ヤバイしか言ってないけど、それくらい猫が好きなんです、ヤバイ。



ただ、猫飼うとなると引越しせんといかんのですねこれが・・・。


猫の為なら引越しも辞さない覚悟です、そんな覚悟別にいらんけど。



最近友人の家に猫が居る事が判明して、ひたすら猫とイチャイチャウフフしてます、癒される。



ただ、猫と遊んでる時の俺が相当イカレポンチに見えるらしく、自分で猫飼えと言われました、つめてーなちくしょう。


ちょっと言葉遣いがアレになるだけで、接し方は普通だと思うんだが・・・いやそうでもないかもしんない。




と言う事で、猫好きの友人を切に募集しております。


後、猫とイチャイチャウフフしてても怒らない人。





今日の文章は普通で満足、ねこもまっしぐら。

あるわそりゃ、何時もポンッと出てくるけど今日は出てこんかった、なんでじゃろ。





やはりブログを書くのは0時を回ってからのようでして、今日なんて特に酷い。


3時になりますけど、明日7時起きなのに大丈夫か俺・・・否、大丈夫じゃない、問題だ。



0時回ると何か急に書いて残して置きたくなるなるんですねこれが、自分の習性がよーわからん。


特にアレを書こうだとか、これを書こうだとか思って書いてる訳じゃございません、現に今も特段意味の無い説明してるしね、時間の無駄じゃねーかこれ。



色んな言葉を柔らかく書いておいて、後で見返して



「なんだこの脈絡の無い文言書いたヤツ、俺だった」



と一人で頭を抱えるのが日課です、二重人格とかじゃないよ、そこは全否定します割とマジで。


多重人格だったらもっと怖いね、7人で墓を掘っちゃう訳だからね、魔界へ行こう忍。





人の夢と書いて儚い、まさにその通り。


人の為と書いて偽り、まさにその通り。



自分本位に生きる事が当たり前の中に居る世界は悲しい以外の言葉が見つからない。



人の思いって難しいです、儚いのは人なのかその心なのか。


形ある永遠と形ない永遠を望んでは握りつぶす、酷薄。



別に何かがあった訳じゃないけど、なんとなく思いまして。


心変わり?変化?小さな嘘から見つかるその事情に虚しさを覚える訳で。




基本的に誰かに自分の事を相談するのが苦手です。


多分自分の中では相談じゃなくて、ただの愚痴を聞いて欲しいのか、同調して欲しいのか、自分本位の答えが返ってこない事が解ってるから言わないんでしょう。


ただの我侭って言う噂もあるけども。


だから自分で消化しきれない声を言葉に置き換えて意味の無い事でも然もあるように書く、つまり迷ってる訳ですね、ぼかぁ。



何に迷ってるかは置いといて、まぁ誰しもがあるでしょう、迷いなんて。


迷うから待つんでしょう。



文字じゃ人を救えない、歌じゃ人は生きて行けない、でもその想いで心に残したい。



最初は歌歌って作詞してそれで、それだけで世界が変わると思ってた。


少なくとも自分の世界は変わった、良くも悪くも。



ただそれだけじゃ生きて行けない、夢が人と悪い方向にリンクして儚くなった時から全てが嫌になった。


音楽と言うより、歌と作詞しかないと思ってた時期に嫌になると猛烈な虚無感に襲われたね、実際。


人間何もない事が一番無価値。



所謂、趣味は仕事にするな、ごもっともです。



けど、そう思ってやってきた初心は忘れてはいけないと思った、これから音楽に携わる上で。


それが音楽だろうがなんだろうが一緒だと思うけど。



自分が持つ何かに変えられる力があるかどうかなんて知らないし、結果を知ってたとしても興味が無い。


夢物語で生きるのも飽きたから、それを自分の物語にしないといけない、誰かを巻き込んで。



人に流されたくない、つまらない大人にはなりたくない。


誰かが言ってた気がするし、誰もがそう思うけど、実際「子どもの頃描いた一番なりたくない大人」に殆どの人がなってるんじゃないだろうか。


まぁそんな俺もそうなんだけども、こうはなりたくないって言う虚像が実像になってた、悲しい位に。



大人って疲れる、生きるのも疲れる、それじゃあ何も変わらない、だからまた子どもの頃に描いたなりたかった自分に近づこう。


その夢を自分で叶えたヤツを見たからそう思ってるだけだけど、それでも随分と触発されてます。


まぁその話はまた後日談として。



子どもの頃はただ純粋に迷ってた、迷って人に頼れなくて、信じられなくてノートに書き殴った文章をなんとなく思い出した。



此処に何を書こうがどんな事を綴ろうがまさに自分本位で終わりなんだろうけど、この先を見据えるとそれプラスの材料が必要なのかしら。





全く要点を得ないけど、何が言いたいかと言うと、マジで寝よう、明日死ぬ。



自分の頑張りは評価されたいと思った事はないけど、巡って残る想いはあると、そこだけは信じてる。


例えばそれで誰も変わらなくても。




たまには普通の文章にチャレンジしてみようかしら。



ランチのスイーツがどーのこーのとか書き始めたら完全にネタ切れです、既にネタ切れ感は否めないけど。