よく分からない事件がこの前あった。
事件の内容は深刻である。
だが事件は深刻な反面、一方ではどこか浮世離れした処がある。
残酷さと一途な想いとの対比がこの事件の際立った処だし、また分かり難さで犯行の動機をややこしくしている。
名古屋主婦殺害事件である。
事件の容疑者が分かった時、殺害しただろう犯人の女性は、被害者の夫である男性と何らかの接点があるものと私は思っていた。
誰もが考えることである。
そうでなければ殺害の動機が何であったか分からない。
動機が分からない事件に出くわした時、我々は戸惑う。
何故戸惑うのか?
それは、誰もがいつ犯人になってもおかしくはないという側面を持っているからだろう。
どのような人間にも事件を起こす可能性はある。
聖人君子ぶってはいるが一皮むけば皆同じだ。
だから事件の引き金は、発火点は何だったか気になる。
私はそれほど興味はないが、推理小説好きの人は多い。
小説の殆どは犯人の人間像と動機に当てられている。
なぜ犯人が事件を起こさなければならなかったのか?
それが小説の肝だ。
トリックはただのお遊びである。
小説に書かれている事件の背景には重大な秘密が隠されている場合が多い。
小説でも現実でもそうだが、我々が犯人と被害者、またその夫との関係を気にするのは仕方がない。
この事件は特異な事件である。
どこか浮世離れしている。
だが、遠く離れた世界に住んでいる女性が行った凶行だと思うのは間違いだ。
この事件が大きな話題になっているのも、どこか私達の心の奥底に響くモノがこの事件に隠されているからだ。
私達はそれを敏感に察知している。
犯人女性の心は火だるまになり凶行に及んだ。
日頃私達の心は静かなようだが、常に危うい状態にあるとどこかで自覚している。
事件の犯行を耳にし、心の奥底で何かが蠢いた方もおられるかも知れない。
でもそれを狂気と一言で片づけたくはない。
一方的な片思いでもあるが、昔なら歌舞伎や浄瑠璃の台本にもなっただろうという興味深い事件だ。
昔から女性の一途な想いを物語として、安珍清姫伝説という形で伝えている。
清姫は勝手に安珍に好意を寄せ、拒絶されると裏切られたと思い、逃げた安珍の後を追う。
清姫は日高川を渡るため蛇に化身し、その後、安珍が隠れている道成寺の梵鐘に巻き付いて焼き殺してしまう。
これはただの物語だが、殺人事件は別として、これに似たはことは今もあるだろう。
「居酒屋兆治」という高倉健さんと、大原麗子さん共演の映画が昔あった。
この映画も昔の男性が忘れられない一人の女性の物語だった。
高倉健さんは高校野球のエースだったが、肩を壊し将来を諦めた。
その後は造船所で働いていた。
その頃、大原麗子さんには牧場主からの結婚話があった。
高倉健さんは自分よりも、牧場主と結婚する方が幸せになると思い身を引く。
大原麗子さんは二人の子をもうけたが、高倉健が忘れられず、火の不始末で牧場が焼け、そのまま彼女の行方がわからなくなる。
その後、大原麗子は高倉健の店を突然を訪れ、「あんたが悪いのよ」と言い残し去ってしまう。
その後、彼女は札幌のキャバレーで働くが、深酒で身体を壊し亡くなってしまう。
原作は山口瞳さんの小説だった。
この映画、もちろん高倉健さんの存在が大きいのは当たり前だが、大原麗子さんの演技が何とも素晴らしい。
自分は悪い女だと自覚しながらも、どうしょもなく諦めきれない自分がいる。
その悪く弱い女を大原麗子さんは見事に私たちに見せくれた。
牧場の火事の場面は大原麗子さんの内面を描いていたのだろう。
紅蓮の炎のように見えた。
俗っぽい私などは、犯人女性と被害者の男性は深い関係になっていて、何かの約束をしていた可能性があると勝手に思っていた。
そういった考えは私だけではなく、多くの人たちが考えていたのではなかろうか?
よくある痴情のもつれの結果だろうと誰もが考えたはずだ。
殺人事件のような大事にはならなくても、暴力ざたは巷のどこにでもありそうな話である。
被害者の夫である男性はテレビでの取材を受けられていた。
それを見て、何も無ければいいのだがと心配をしていた。
だが男性は加害者の女性との接点は見つからなかった。
私とは違うようだ。
その後の捜査でも、二人には接点らしきモノはなかったという。
ニュースを聞いて、誰もがえ~と思ったのではなかろうか。
では事件の引き金は何だったのかとはたと考え、戸惑ったことだろう。
犯人の女性が刃物で首を狙ったのをみても、そこには明確な殺意があった。
大きな恨みがあったとしても、面と向かって刃物を向けることに躊躇うだろうし、まして首や胸に向けることなどできそうにない。
しかしいきなり首を狙っている。
横には幼い子供がいた。
何が彼女をそのような狂気に追い込んだのかとても気になる。
報道によると、犯人女性の一方的な思い込みと執着が事件を生んだらしいと推測している。
しかしただの恋心、思い込み、執着心で殺人などができるだろうか?
小説にするとしても、ちょっと無理筋なプロットと考えてしまう。
犯人が犯行を行うまでの心の軌跡を追うにしても、それを小説の中で読者にどう納得さすのか、とても厄介で難儀する作業だ。
そこまで難儀な作業をして、果たして面白い小説になるかといえば甚だ疑問である。
高校生の時、犯人は被害者の夫にバレンタインチョコレートを贈っている。
それから犯行を行うまでの26年近くを、彼女は何を考え思い詰めていたのか?
普通なら青春の甘酸っぱい想い出でとして残しておくことになる。
それ以上相手を追うこともなく、自分を追い詰めることもない。
ふられても、ふられなくても、ハイさようならですむ話だ。
若い時には、もっといい男、いい女が自分を待っている。
またいい女、いい男は苦労せずとも見つかるだろう。
そう思って夢を勝ってに膨らませている。
自分の容貌とは関係なく未来への期待値は高い。
それだけ自惚れが強いのだが、でもそれが若さの良い所なのだと思う。
誰にでもある初恋の苦く甘い想い出。
だが犯人女性の想い出は想い出にならず、彼女の中でずっと生き残ることになる。
もっといい男性を求めることもなかった。
10代の想い出が全てだった。
それでも自分の未来のことを考え結婚した。
結婚すれば、自ずと昔のことを心の底にしまい込み、しっかりと鍵をかける。
でも犯人の女性はそうはならなかった。
まだ昔の初恋の相手のことを忘れられなかった。
恋人同士なら結婚後も未練は残るかも知れない。
でも初恋の彼は恋人でもなかった。
ただの片思いであった。
犯人女性は犯行当時結婚してらしい。
相手男性は大手自動車部品会社で働くエリート社員だと週刊誌では報道されている。
傍から見れば恵まれた結婚をし、子供もできて、幸せな家庭を持っていたことになる。
そんな恵まれた環境にある女性がなぜ殺人を犯したのか?
被害者の女性とは会ったことも、話したこともない相手だった。
憎しみを勝手に募らせ、一方的に相手女性を殺してしまった罪は深い。
懺悔を何万回繰り返してもその罪は消えないだろう。
犯人の女性が判明したことにより、夫や子供、女性の親族までが、今後恨みを抱えて暮らすことになってしまった。
加害者の女性の家族もこれから同じように辛い想いをして暮らすことになるのだろう。
何ともやり切れない事件だ。
犯人女性は自分の心に中にある炎を持て余していた。
自分でも持て余すほどの凄まじい炎の力だったのだろう。
炎によって、身も心もすべて焼かれてしまいたいと思うほどの執念を持っていた。
初恋といえどよほど彼のことが好きだったのだろう。
彼女は高校でのクラブ活動で彼を好きになった。
きっとクラブ活動を行っている間に、彼の何もかもが好きになってしまったのだろう。
ハマってしまったといっていい。
10万に一人、100万人に一人、極稀に自分にあった異性に合う場合があるのだろう。
犯人女性はその稀な男性にクラブ活動で出会ってしまった。
これは神の采配と犯人女性が思っても不思議でない。
これが相思相愛だったら理想だったのだが、残念ながらそうではなかった。
世の中上手くいかないモノである。
もし犯人女性が男性と会わなければ、お互いの人生も変わっていただろうと思う。
私もそのような女性に若い時出会っていたら、昔のことが忘れられずに、その後の人生も変わっていたかも知れない。
一生忘れられずに女性の後を追っていたかも知れない。
人生には会っていい人と、そうでない人がいるのかも知れない。



