ネット回線を使ったSNSなどと、テレビ放送は、今や敵対関係のように見られるようになった。

テレビを見ていた人たちが、YouTubeの動画投稿を見たり、またFacebookや、Xのようなプラットホームを使い、自分の考えや感想を世の中に発信することができるようになったからだ。

 

 

今までのテレビ放送の様に、一方的に情報を受けるだけではなく、私達庶民もSNSを使って能動的に発信者になれることを知ったのだった。

昔の壁新聞ではないが、私達庶民の声をそのまま発信できる場所があるのはありがたい。

今までは私達庶民の声が世の中に伝わる手段があるとすれば、新聞の投稿欄に投稿するぐらいだったからだ。

それも新聞紙面にちょこっと小さな記事が載るぐらいで、政治的なことを書くことは憚られた。

新聞への投稿は、生活に身近な話題を書くことが暗黙の了解的な処が今もある。

それも新聞社の意が叶った投稿だけがが選ばれる。

そうでない投稿は全て捨てられて、日の目を見ることはない。

だから小さな声は、いつも大きな声に潰されてしまう悲しい運命にある。

今まではそうだった。

新聞でも、テレビでも人の上に立って、下々に立札や高札でお触れを出すような感じで、新聞の紙面やテレビの番組を作ってきた。

長い間、それが新聞であり、テレビだと私は思ってきた。

私だけではなく、誰もそれがおかしいこととは思っていなかったはずだ。

ニュースの解説等では、大学の先生や、解説委員の話をありがたく思って聞いてきた。

それだけ新聞や、テレビには権威があった。

テレビに出る人はみんなエライ人だと思っていた。

大学の先生も権威があったし、放送局や新聞社の解説委員もそれなりの権威があったように思う。

そのことに異を唱える人も少なかったはずだ。

テレビに出る人は皆特別な人だと思っていた。

博識で高潔な人物だけが、テレビに出られると、私は本気だ思っていたほどだった。

だがしかし、私もアホではなかったのだろう。

しだいに疑問を持ち始めた。

世界中から様々な情報が、ネットを通して私達に入ってくる。

全てが真実かどうか疑わしいモノもあるが、多くの情報に触れることによって、次第に私のような人間でも分かることも多くなる。

昔なら専門の先生しか触れられない情報が、私のような人間でも見られるようになった。

世界の動きがリアルに見えてくるに従い、日本の姿も今までとは違ったように映って見えてくる。

テレビや新聞とはまた違った情報が直に私達に入ってくる。

中国なら中国の人たちの、加工していない生の情報が入ってくるようになった。

SNSで中国の人たちが世界に向けて訴え発信している。

今までように、放送局が加工したモノでない情報だ。

今までと違い、現実感があり、真実味も増している。

SNSの世界でも信じられないようなことが起こりだしている。

アノ中国も、自国の情報をもう隠すことができないようだ。

 

テレビ放送ではこのようなことは無理だ。

日本のテレビ局の駐在員が、中国当局に断りもなしで、市民に取材などできない。

だから肝心の情報はなかなか特派員から入ってこない。

もし入ってきても、それはもう鮮度が落ちた魚のように誰も見向きもしないモノになっている。

 

だからテレビ放送で見えなかったモノが、SNS等では簡単に私達の目に入ってくる。

それも変な細工をしていない、庶民の生の声だったりする。

これが放送局の取材だったりすると、変なナレーションを入れたり、大仰なドキュメント風に作ってしまう。

小細工をしすぎる。

だから見る方からすれば、否応なく作り手の意図が見えてしまう。

これは嫌だ。

自然に拒否反応が出てしまう。

取材している人たちや、作りての考えが入りすぎて、見ている方がしらけてくるのは仕方ないだろう。

TBSの報道特集がそうだ。

あのナレーションを聞くと、何かが違うとおもうのだが・・・・・

作り手は、暗く重たいあの屋良有作さんと、小山菜美さんのナレーションを、誰もへんと思わないのだろうか?

屋良さんや小山さんは何も悪くない。

屋良さんたちは、制作陣の要求に従いナレーションしただけだ。

だが、ナレーションの威力は凄い。

これほどの印象操作はないというほどの出来栄えである。

もしそう思わなければ、制作陣は、それはもう報道に関わっていけないことになるのだが・・・・・

 

中国や韓国関連等の機微な情報は、テレビ局側が勝手に自主規制してしまい、私達国民には何も知らせないことが多い。

これに反して、ネットの世界では自主規制等という言葉はない。

ただ、これは止めておきましょうといったことはあるだろう。

それは虐めなどという個人攻撃の場合だけだ。

私達の知りたいことを、放送局が勝手に隠す等と言うことはあってはならないことだ。

だが自分たちが見せたくない情報は隠蔽してしまう。

 

ネットからはほぼ全ての情報が流れてくるし、その情報は放送局も利用しているし、私達も見ることができる。

しかしテレビ局からの情報は、私達下々に、これはこれと下賜されたモノだけがやってくる。

私達は与えられた情報しか受け取れない。

放送局が多くの情報から、これぐらい与えておけばいいだろうと思うようなモノを、私達に与えている。

 

それを今まで、私達はありがたくいただいていた。

NHKが言っているのだから間違いがない。

朝日が言っているのだから間違いがない。

そう思っている人たちは意外に多い。

御上が言っているという感覚なのだろう。

私も素直にそう思っていた時期があった。

新聞も放送局も嘘をつかないだろうと本気で思っていた時がある。

しかし平気で嘘をつく。

それも巧妙につく。

そして私達を騙す。

誰かが言っていたが、テレビは素晴らしい洗脳装置であると。

 

またTBSの放送になるが、サンデーモーニングという番組がある。

私はこの番組を以前は好んで見ていた。

どちらかと言えば好きな番組の一つだつた。

以前はもっとキリッとしていて、抑えるところは抑えて、コメンテーターも真面な人達を出していた。

今はちょっとどうかと思う人達もいる。

なのに視聴率はいいらしい。

私がどうのこうのと言っても仕方が無い。

自分と好みが違うからといって、それは違う、おかしいとはいえないのだろう。

 

でもちょっと過激な言葉になるが、サンデーモーニングは、報道特集と同じような処がある。

それは印象操作だ。

これでもかと印象操作が番組内で行なわれている。

これはどう見ても洗脳に近いと思われても仕方ないだろう。

まるで共産党員が影に隠れて作っているような番組に思えてしまう。

昔の報道特集や、サンデーモーニングとはまるで違う番組になってしまった。

見ている方も、洗脳に慣れてしまえばそれでいいのだろうが、でもどうせ作るのならもうちょっとセンス良くしてもらいたい。

 

私達はそのようなテレビに長い間洗脳されてきた。

一部のお金持ちや権力者がそうさせていたのだろう。

もちろんその中に、得体の知れない人たちもいたし、今もいる。

そんな人たちが長い間テレビの世界を支配してきた。

彼等はこのままテレビ放送を使って、日本を支配し、思うまま動かそうとしていた。

この国の人たちは、おバカ番組とワイドショーで満足すると思っていたのだろう。

しかし、SNSのおかげでそうはいかなくなった。

日本だけなら何とかできるかも知れないが、SNSの発展は世界的な潮流である。

ネット自体を中国のように遮断すればいいのだろうが、それはできない。

国会では何とか規制をかけようと躍起になっているが無理だろう。

世界の潮流に逆行するようなことをすれば、日本は世界の笑い者になってしまう。

 

だからといってテレビ放送も黙っていない。

必死で、SNSと融合したような番組作りをしている。

でもテレビ放送はマスメディアで大量伝達手段に向いているが、個々の人達との繋がりは難しい。

これはどうしょうもない。

ではこのままSNSは発展し続けられるのだろうか?

テレビ放送はこのまま廃れていくのか?

 

SNSの世界もMicrosoft、Google、Facebook、X、appleなどが牛耳っている。

どれもが超お金持ち達だ。

私には難しいことは分からないが、彼等も自分たちの地位が危ないとなれば、平気でSNSに規制をかけるに違いないだろう。

今はまだそのようなことになってはいないが、何時その様な暗黒な時代になるとも限らない。

見方だと思っているSNSも所詮お金を儲ける手段でしかない。

それも超お金持ちの道具だ。

そのようなモノが本当に私達の見方になってくれるのだろうか?

きっと何処かで裏切られると思う。

今はまだ黎明期だから自由に遊ばしてくれている。

しかし、そのうち何処かで規制がかかるのだろう。

それも近いうちに、世界的な規制がかかる時代に入るような気がしてならない。