雑民党と聞けば、あの東郷健さんを思い浮かべる人もいるだろう。
オカマの東郷健さんである。
オカマと言う言葉は差別語であると思うが、ここでは敬意を込めてオカマの東郷健さんと表現したい。
健さんは伝説のオカマと言われていた人だ。



1932年、健さんは後妻の子として生まれる。
父親が亡くなった後、異母兄は母親を召使のようにこき使ったという。
実母が亡くなった後、異母兄は健さんの行状を理由に、健さんの遺産相続を奪う訴訟を起こし、異母兄側が勝訴する。
そうしたことから、親族とは絶縁状態であったらしい。
1955年、健さんは関西学院大学を卒業した後、銀行員やガソリンスタンドを経営したりして、後にブロイラー養鶏場を経営するのだが、多額の負債を負ってしまう。
返済の為、なぜかゲイバー「禁色」の経営をするが、従業員や行政との度重なるトラブルで廃業の憂き目に遭う。
その後、姫路から単身東京に出て、銀座のゲイバー「青江」でゲイボーイとして働くことになる。
1968年、ゲイバー「とうごうけん」を経営。
ゲイ雑誌「The Gay」 「The Ken」編集長、ゲイビデオ制作、エイズ啓蒙活動、ゲイの為の診療所開設、ゲイゲームズ支援、ゲイバー「サタディ」「BAR東郷健」経営などを手掛ける。
2012年に前立腺がんにより79歳で亡くなる。
喪主は長男が務めた。

ここでなぜオカマの東郷健さんが、政治団体を立ち上げたのだろうという疑問が湧く。
オカマとしての反骨精神だけで政治の世界に入っていけるものなのか?
ゲイというマイノリティを世間に認めてもらうこともあったノかも知れないが、それは二の次だったのだろう。
30年の政治活動で、健さんが訴えたスローガンは反資本主義体制、反権力といったモノが中心であった。
オカマと言われる、セクシュアルマイノリティの人たちの生活に関する、具体的な政策の主張等は終になかったようだ。

東郷健さんの最初の選挙は1971年の第9回参議院選挙であった。
その時期、週刊ポストがインタビューしている。
運動員は3人、選挙資金は借金だったらしい。
雑民党の由来はデラシネ、(フランス語で根無し草の意味らしい)で、自らを根無し草のような人間と語っている。

1979年「雑民の会」を設立。
健さんはお金のない弱い人は雑民であり、これはセックスでも言えるとしている。
レズビアン、ゲイ、SMなども差別されていると考えていたらしい?
私にはこの辺のことは全く分からないが、SMも差別されていたとは知らなかった?
ただゲイのひとたちが、吃音者と同じように差別されたマイノリティであることは分かる気がする。

1983年、13回参議院選挙で東郷健さんの政見放送がNHKにより一部の音声を削除された。
NHKは自治省に違法で無いと照会した上で健さんの政権放送の一部を削除したらしい。
東郷さんは削除は公職選挙法違法だとして訴えた。
東京地裁は勝訴したものの、東京高裁では逆転敗訴し、それではと最高裁に上告したが、訴えを棄却されてしまう。
しかしこれ以降、東郷健さんの政見放送は削除されなくなった。
これはどういうことだろう?
つまり東京高裁の判決が間違っていたことを最高裁も、自治省も認めたことになるのか?
高裁で敗訴していた政見放送が、その後削除されないまま放送されるとはどういうことか?
HNKは法律に違反した放送を流していたことになるのでは・・・・
削除された部分は「メカンチやチンバ」という言葉だった。
盲目の歌手、竜鉄也さんや、足の障害があった八代英太さんと、「太陽はいらない」という障害者たちのコンサートを健さんは開いた。
世の中の反応は「そんなメカンチやチンバの切符なんか誰が買うかいな」といったモノで、健さんは「あまり売れませんでした。この様な差別がある限り、この世に幸せはありません」とその当時のエピソードを交え政見放送で障害者差別を訴えたのだった。
この政権放送をどうしてNHKと自治省は削除してしまったのか?
また違法とした東京高裁の判決は理解できない。

1986年、第14回参議院選挙で、東京都選挙区に渡辺完一さんを擁立する。
渡辺さんは障害のため喋ることができず、手話での会話しかできなかった。
渡辺さんは政見放送前にNHKや自治省に、字幕と手話通訳をつけて欲しいと内容証明付きで要求した。
しかし返事はなかった。
当日、自治省やNHKに再度要求しても、手話通訳と字幕を拒否した。
仕方なく渡辺さんは政見放送に臨むのだが、テレビでは手話をしている姿だけが映り、ラジオに至っては渡辺さんが唸る声だけが流れたという。
衆参国会議員候補者の政権放送の持ち時間は4分30秒である。
テレビでもそうだが、ラジオで4分30秒も唸り声だけが流れ続けたら、聞いている方はどう思うだろう。
4分30秒は長い。
自治省もNHKも渡辺さんに惨いことをしたものである。
これには聴覚障害者だけではなく、一般の視聴者も怒ったようだ。
人権侵害、無視も甚だしい対応だったからだろう。
NHKも自治省も特別扱いはできないと渡辺さんに言ったそうだが、本当にそうか?
内容証明付きで字幕と手話通訳を要求していたのだ。
それを無視していた。
NHKも無視はないだろう。
これはと思う人たちには特別扱いはいっぱいしてるのに、弱いモノには高圧的に出て無視をする。
私も吃音者団体でNHKに後援依頼をお願いをすることがあったが、民放と違い何とも偉そうだった。
あまりに対応が酷いので、後に苦情の電話を掛けたほどだった。
対応してくれた人が特別だったかも知れないが、それでも勘違いしている人が民放よりも多いのは確かだろう。
この事件の後、聴覚障害のある候補者の政見放送には、初めて手話通訳が認められるようになった。

東郷健さんの政見放送を一度ぐらいは聞いた人もいるだろう。
ゲイやホモ、同性愛にオカマ、まだある射精やちんちん、それらの言葉がNHKの政見放送で飛び交うので驚く。
さぞや面白いと思うだろうが、実は違うのだ。
悲しいのだ。
健さんの政見放送を聞いていると、切羽詰まった心情が分かるから、悲しいし、苦しくなる。
既存の政党と違い、嘘偽りのない良いことを言っている。
しかし国民には自分の心情が伝わらない。
そのもどかしさが苦しいほどよく分かる。
強いモノには靡いても、弱いモノには見向きもしない。
それどころか否応なしに踏む付けてくる。
健さんは散々踏みつけられた人だ。
健さんは素直に心情を吐露している。
悲しさと怒りが混じりあった政見放送は他にはないだろう。
素晴らしい政見放送である。
でも私が若い頃には東郷健さんの政見放送を聞いてもピンとこなかった。
オカマの変なおちゃんが何か喋っているぐらいにしか思っていなかったのだった。

☆YouTubeで雑民党を検索すれば、健さんの政見放送が今でも見られます。

1990年、東郷健さんは太田竜さんが率いる「地球維新党」から第39回衆議院総選挙に出馬する。
大田竜さんのことは以前のブログ「家畜人」で書いたことがあるから、覚えている人もおられるだろう。
革命家でトロツキーを崇拝していた人である。
後にユダヤ陰謀説の第一人者になられ、90年の衆議院選挙と92年の参議院選挙に党の代表として候補者を擁立させている。

健さんは1978年の週刊ポストの企画でマルクス経済学者、向坂逸郎さんと向坂宅で対談することがあった。
健さんは関西学院大学で池内信行さんの薫陶を受けていたから、社会主義や社会党に好意的であったらしい。
しかし向坂さんは健さんに「ソビエト社会主義社会になれば、お前の病気(オカマ)は治ってしまう」「こんな変な人間を連れて来るなら、もう小学館の取材には一切応じない」等の暴言を吐き、それを聞いた健さんと喧嘩となり、健さんは向坂さんに追い返される形で対談は打ち切られてしまった。

後に健さんは向坂さんのことを「自らは100坪越えの豪邸に住まい、都心のアパート家賃の相場さえ知らない向坂は、全くブルジョワにしか見えなかった」という。
また健さんは2002年に出版した『常識を越えてーオカマの道、七十年』で「向坂さんは、日本の天皇陛下のように税金を食い物にすることはないだろうけれど、社会党左派のシンボル的な天皇陛下ではないか」と評している。
また同書の出版パーティーで、社会党の後継である社会民主党の保坂展人さんは、「向坂逸郎氏は、『ゲイは病気であり、ソビエト社会主義になれば治る』と発言したが、これは誤りだ。申し訳ない」と事実上党として陳謝した。
向坂さんが代表であった社会主義協会も、論文『セクシュアルマイノリティと人権』(宮崎留美子)を機関紙『社会主義』2002年9月号に掲載し向坂さんの差別発言を自己批判した。
自己批判、時代錯誤な言葉だ。
子供の頃の日教組の先生のことを想い出す。
その先生は吃音の私を差別していた。
嫌な想い出だ。

東郷健さんは立派にオカマとして戦った。
刀折れ、矢尽きるまで戦ったのだ。
誰にでもできることではない。
またこれほど尖がっていた人も珍しいだろう。
歳をとるごとに人間丸くなるモノだが、一向に丸くならないのは凄い。
健さんは先を、先を走る人だった。
今なら健さんが何をしているのか理解できる人も多いだろう。
しかし、あの頃は理解できなかった人ばかりだった。
早く生まれすぎたのかも知れない。
今ならオカマと言われる人たちだけではなく、様々なマイノリティの人たちが東郷健さんを応援するだろう。
吃音の私も応援するだろう。
しかし社会主義はごめんだ。
ここだけは変えて欲しい。

今でも雑民党の名前は生きているだろう。
根無し草、浮き草の生き方をしている人たちは少なくない。
誰からも見放された人たちだ。
少し形を変えれば、庶民の党として面白い存在になれるかも知れない。
誰か雑民党を復活させてくれないかと密かに期待しているのだが・・・・
でも根無し草のような生活をしている人たちは、そもそも選挙に行かないのかも?