大分県の中津城は、初代藩主の黒田官兵衛が有名ですが
四代目の藩主の奥平氏も立派な城主でした。
有名なお話は、家来の鳥居強右衛門でしょう。長篠の合戦で、
織田信長の代わりに城を守っていた奥平貞昌は武田軍に城を包囲され鳥居強右衛門に岡崎城に援軍を頼む様に使わせたのです。なんとか岡崎城に着き援軍を頼みます。この事を報告する為
又長篠城に戻ったのです。城に目前で武田軍に捕らえられます。
命と交換の取引を求められるも拒否します。しかし、城に向かって大声で援軍が来るぞと叫びます。鳥居は磔で殺されました。
この場面の掛け軸が、中津城の資料館に飾っていて見られます。
又、掘りの田螺を食べて飢えを凌いだ事から田螺祭りも開催されています。
五代目藩主、奥平昌高氏は蘭学の殿様でした。
解体新書の発刊には前野良沢を長崎に派遣して解体新書の発刊に
繋がりました。又、藩医の村上玄水は九州で最初に人体解剖を
した人物です。

