地域作り協議会歴史文化部会の催しで、歴史文化散策が行われました。宇島コースと赤熊コースが有り、宇島コースを選びました。
日豊線から海側になります。
このような立派な冊子を作っています。
看板の下の地図は、伊能忠敬の測量地図です。
小倉藩の郡代、杉生十右衛門が文政11年に宇島港を完成
させました。しかし、文化13年に大きな時化に合い防波堤が
決壊しました。又、小倉藩の財政難により自刃したのです。
宇島神社には偉業を称えた石碑が立っています。
又、この社殿が台風で被害を受けた時に、大横綱の双葉山
の両親が300万円の寄進をしたそうです。この宇島で沖中仕を
していたそうです。
立派な鐘楼と2本の銀杏の木が青空に映えています。
TKOの木下が小学生の時此処で遊んでいたそうです。
教園寺です。
又、太田屋旅館跡地は、種田山頭火が泊まった宿です。
三十銭で待遇が良いと喜んだと日誌にあるそうです。
この町内の古老のガイドさんが、山頭火が詠んだ句を
話していました。はっきり聞き取れず憶測ですが、「まっすぐな
路を曲がると旅」 この地で詠んだそうです。
又、偉人では小今井潤治です。回船問屋として始め大阪商船
を興しました。明治十八年に行橋から宇島で陸軍大演習の時
に明治天皇にお泊り頂く為に迎賓館を建てました。
明治天皇は風邪の為に来られず、代わり小松宮彰仁親王がお泊りに
なりました。
僕も、隣町に住みながら知らない事を知って良かったです。
お天気もポカポカして楽しい散策でした。
またまた、レアな話ですけど昭和33年までは赤線がありました。
その当時の置屋とか宿が残っています。当時の小学校の近くには、お稲荷さんの祠が有り芸者さんがお参りに来ていたそうです。



