アスラビットのブログ      . -17ページ目

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 いや~、とうとう第2部最大の悲劇が巡って参りました。

 ジョースター家やツェペリ家の代々の人間が、先祖様と同じような境遇、運命を重ねるという構図は、多分神話の時代から繰り返されている物語構造だと思いますが、近代では「スターウォーズ」サーガなどが有名ですね。

 ダースベーダーことアナキンと息子のルークの人生が、途中までは瓜二つの運命を歩み、右腕を切り落とされるところなんかまで全く同じ、みたいな。

 今回の主役、シーザー・ツェペリも、第1部主要人物である祖父のウィル・ツェペリと同様の運命を刻む事となりました。彼の父も含め、ツェペリ家の壮絶な「重奏曲」を奏でたわけです。

 歩んだ人生、物語の中での立ち位置が、第1部のウィル・ツェペリと第2部のシーザーで非常に近しい、という事は、第1部のウィルの物語とシーザーの物語を比較する事で、ストーリー・テラーとしての荒木先生の技量の差、成長度合いが、かなり明瞭に比較できる、という事でもあります。

 そういった観点でこの二人の物語の完成度を比べますと、シーザーのドラマはまさに「Excellent!」 の一言ですね。

 以前、第7話の感想で、ウィル・ツェペリさんがあまりにあっさり倒されてしまうのが物足りない、と書いたのですが、その点、第2部のシーザーは、その最期に至るまでに積み重ねられた、人間味溢れるエピソードがてんこ盛りでした。

 その成功の大きな要因として、キャラ設定の巧みな修正が効いていたと思います。

 第1部のウィル・ツェペリは老師のような位置づけでジョナサンとは一定の距離感があったのですが、第2部のシーザーはジョセフと同年代の位置づけとなって、より熱く、人間臭い関係性を作る事に成功しました。

 ジョジョとの出会い、ワムウとの緒戦、油柱の特訓、ツララの繋がり、そして判れの直前の殴り合い、などなど。

 それなのでシーザーが最期を迎えるとき、読者(視聴者)は彼の想い出が走馬灯のように脳裏に溢れ出、第2部ではより深く、主要キャラの最期に感情移入する事が出来ました。


 このキャラクター描写の厚みの差が、荒木先生の進化、第2部に賭けた熱量の差として表れており、第2部が大好きという方が多いのも、非常に納得できる仕上がりになっていると思います。

 また、アニメスタッフも今回は桁違いの頑張りを見せてくれましたね。

 シーザーが戦闘中、乱れたマフラーを整える描写のような、細かい原作補間が何気に随所で効いていましたし、キャラの作画はハンサム度が従来比2割増しでしたし、シャボンレンズの描写は綺麗の一言でしたし、オペラの楽曲を使った音楽もバッチリの効果でしたし。

 先週のクオリティがイマイチだったのも、「こういう事だったのね!」という感じです。

 文句なく、これまででベストな出来だったのではないかと思います。

 アニメスタッフの皆さん、これからフィナーレに向けて更に頑張って下さい! くれぐれもここで燃え尽きないように(笑)!


 宜しかったらまた、覗きに来て下さい。


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 現在、各方面へ提案を行っているランチビークルですが、これまではずっと中食用レジ袋の代替品として、弁当やスープ類の収納を想定して、商品提案をしておりました。

 しかし、商談を重ねる中で、ケーキなどデコレーションを施したスイーツ類を、コストをあまりかけずに、かつデコレーションを崩さず持ち帰られるようにしたい、というニーズが根深くある事が判ってきました。

 現在ケーキ系は、紙製の箱に入れたり、紙バッグに入れたりするのが主流ですが、ネット通販などで検索してみますと、それらは安いものでも15~20円位の価格となっています。

 それに対して現状のレジ袋は、同じくネットで検索しますと、大きめのものでも2~3円程度の価格となっており、ここに大きな性能差と価格差の「溝」が横たわっていたのです。

 従って、従来のレジ袋に毛の生えた程度の価格アップで、紙製の箱やバッグと同等の水平維持性能を実現する事が出来れば、十分に競争力のある提案となる事が見えてきました。

 来週に予定されているエフピコ様の展示会で、それに対する一つの提案を参考出品しようかと考えております。

 展示スペースが確保出来るか、ぎりぎりまで調整中なのですが、何とか滑り込んで新しい提案をご覧いただきたいなと思っております。
 
 出品が確定しましたら、ぜひ東京国際フォーラムへ覗きに来て下さい。


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 今日は、抽選でチケットを手に入れる事が出来た佐野元春のコンサート(昭和者はライブじゃなく、コンサートと呼称します!)に行って来ました。
 
 親友のM下君、もしこれを読んでしまっていたら、ゴメンちゃい。 入手出来たのが2枚のみだったので、今回はカミさんと行かせていただきました…。

 ツアーの最終日という事もあってか、元春の声はかなり枯れていましたが、それがイイ感じでワビサビの味わいを産んでいました。

 その時々の精神状態によって、ホロリとくる曲が毎回変わるのですが、今回は新しいアルバムに入るという新曲にグッと来ました。

 サビの部分の歌詞が、虹をつかむまであともう少し、みたいな内容の曲です。

 やはり自分の置かれている状況に近い歌が、心に直接響いてきますね。


 さてコンサートを終えてぼうっと思ったのは、「コンテンツの長寿化」という事です。

 元春は1980年デビューなので、デビュー曲の「アンジェリーナ」なんかはもう33年も前の曲なのですが、今でも普通に格好良く感じる曲です。(まあファンのひいき目もあるとはいえ。)

 これがどんだけ長寿なのかの比較として、例えば山口百恵やピンクレディーなどが流行していた1978年の33年前を考えてみると、なんと第二次大戦終戦の年です。

 戦争という特殊事情はあったものの、45年頃の、軍歌を代表とする楽曲群と、78年頃の歌謡曲全盛のころの楽曲群とでは、全くの別物、まるで違う世界に変わってしまっていたものでした。

 しかし今の時代、松任谷由美やら井上陽水やら、長淵剛あたりももう30年超えしているのかな、そんな人達の30年経った初期の楽曲でも、今でも全然普通に聞けちゃったりしてます。 

 ちょっとジャンルを変えると、自分が幼少の頃、ウルトラマンや仮面ライダーに夢中になりましたが、それら長寿シリーズがスタートした1966-1971年頃、笛吹童子やら月光仮面やらは、登場後20年も経たないうちに、既にすたれてしまっていたものです。

 ところがウルトラマンは今年47周年、仮面ライダーは42周年の長寿ぶりですからね。

 何で世のコンテンツ類がこんなに長寿になったのか、その背景を知りたいと思うのですが、テーマが大きくてすぐには答えが出ませんね。

 今後の検討課題としておきたいと思います。

 今回はこの辺で。

 宜しかったらまた、覗きに来て下さい。