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久々に、「私と絵」シリーズの復活です。→まとめ読みはコチラ■
前回「私と絵(6)-私はダメな子じゃない!-
」は小学校3年生の頃のできごとでした。
前回は、記事を書いていて耐え切れず、中途半端なまま記事を終わらせました。その後、入院&手術でそのままになっていたので、すこしだけ補足をした後、今回の漫画の内容に入りたいと思います。
さて、前回の記事。
大好きな祖母の絵を真っ二つに引き裂かれたショックは、あまりに大きなものでした。ちょうどペンによる細密画を学校で習ったこともあって、とにかく現実のものを緻密に画用紙の上に再現する方向へと変わって行きました。
その理由はいくつかあるのですが、なによりも、そこにあるものをそのまま再現すればよいので、自分であまり考えなくてよいのがラクだと思ったことが大きかったです。
自分で考えて描くと、前回の祖母の絵の時のように怒られるかもしれない…。
目の前にあるものを、ただ精密に描くなら、怒られることもないからです。ただただ、そっくりに描けばそれでいい…。そっくりに描ければ誉めてもらえる…。
何も考えなくても、ものすごく力を入れて、細かく、細かく、描けば描くほど誉めてもらえるわけですから、私にとっては、とてもラクな方法でした。
「母の気に入るような絵を描かなければいけない。」
これが、常に、学校で絵を描くときに私の大きなストレスとなっていました。
(実は、このストレスが高じて、後に決定的に私を絵から離れさせることになります。)
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さて、前回の記事の補足はこのくらいにしましょう。
時は流れて、小学校4年生のことでした。
小3から小4になるときに、クラスはそのままで、担任の先生だけが変わりました。気の弱い女の先生が担任になり、その不満から男子児童は荒れ放題、授業もほとんどできない、完全に学級崩壊の状態になっていました。
そんな中で、小学校では異例のことなのですが、図画工作の時間だけ、別の年配の男の先生が受け持つことになりました。
(学級崩壊のクラスで疲弊している担任への学校側の配慮だったのかもしれません。)
その先生の時は、クラスも静かで落ち着いて授業が受けられました。それが図画工作の時間だったのは、私にとって本当にラッキーでした。
牛乳瓶に紙粘土を貼り付けて、人形を作るという課題のときでした。
たのしくてたのしく夢中で作りました。髪の毛も、他の子は、べたっと平たいものを貼り付けているのに対して、私は、細くした粘土を何本も並べてはり付けて、髪の毛の流れが出るように作りました。
そして、それを乾かした後、色を塗ることになりました。
ちょうどパステルカラーに目覚めた頃で、薄い水色や藤色、薄いピンクなどを使って、きれいにきれいに色を塗っていきました。スカートが、水色一色では寂しかったので、乾いた後で、白でチェックの線を入れていました。
突然、教壇にいた先生が、みんなにむかってこう言いました。
「みんな、しーたさんをみてごらん!1つの色を塗って乾いたあとで、別の色を重ねて模様をかいているね。すごいねー。ああいう風に、色を重ねて描くということもできるのだよ。教えられる前に、自分で考えてできるしーたさんはすごいね。」
こういわれて、びっくりしました。
私としては、特に難しいことをしたつもりもなかったので、なぜ誉められたのかよくわからなかったのです。
(確かに周りの子は、色を重ねて塗るようなことをしていませんでした。)
クラス全員が私の方を注目しています。
あまりに突然で、どう反応していいのかわからなかったので、顔を引きつらせながら、描き続けたを覚えています。
その後の休憩時間に、おどろくような変化がありました。
たくさんの子が、私の作品を見に来て、「それ、どうやったん?」「すごくかわいくできてるー!」と、わいわいと話しかけてくれたのです。
このクラスでも、いじめられて泣かされてばかりだった私。
勉強も運動も音楽もダメダメでウジウジした暗~いうっとぉしい子。
それが、先生のたった一言で、みんなの先入観を吹っ飛ばして、私の得意なものに目をむけてくれたのです。
みんなが、私の得意なことに目を向けてくれ、先生が言ったこと以外にも次々といいところを発見して、口々に誉めてくれたり、教えて欲しいといわれたりしました。
学校の授業で、みんなの前で誉められたのは、たぶん、これが初めてだったと思います。
いつも人に迷惑をかけてばかりの私が、「教えて欲しい」なんて言われたのです。いつもバカにされてばかりだったのに、「すごいね!」って言われた!
とにかく、私という人間の存在をみんなが認めてくれたことが、とにかく嬉しかったです。
その後も、その先生は、ことあるごとに私の絵や作品を誉めてくれました。
そうするうちに、「図画工作なら、しーたさんや!」という認識が浸透し、図画工作の時間だけは、ヒロインになることができました。
とはいえ、それまでの人生、あまりにもできなさ過ぎて自慢の仕方すらも知らなかったので、「…えへへ」と笑うしかできなかったのですが…。
もちろん、だからといって、いじめがなくなったわけではありません。
けれど、いじめが少し減ったり、軽くなりました。
それまでは「何もできないカス」的な扱いで誰も相手にしてもらえなかったのが、「自分が太刀打ちできない特技を1つもっている」ということを知ったことで、いじめにくくなったような感じだったように思います。
とは言っても、先生が誉めると、逆に他の妬みによるいじめを誘発してしまう場合もあります。
では、何がよかったのか。
理由はいろいろとありますが、そのうちの1つとして、この先生が"理由を挙げて"誉めたことが、一番よかったのだと思います。
単に「絵が上手だね」と言うだけでは、それを聞いたほかの子供達は、自分との明らかな違いがわからないので「えこひいき」とかんじてしまう場合があります。
しかし、「●●の部分の××の表現がすごい」とか具体的に言うことで、自分自身がそれができているか否かを確認できるので、「自分はできてない。それができるって、すごいんだな」と納得できるわけです。
最近、「誉めて育てる」ことが奨励されています。
確かに、「誉めて育てる」ことは大切だと思います。
しかし、ただ単純に、上手くできた子を誉めればよいか…というと、そうではありません。
誉めた子の自信となるだけでなく、
それを聞いたほかの子供達が納得できる。
そういう「誉め方」でなければ、最終的には誉められた子が、周囲の妬みによっていじめられると言う、最悪の結果を招いてしまうのです。
これは、学校でのクラス、家庭での兄弟姉妹など、複数の子供がいるところでは同じ注意が必要です。
こうしたことにも配慮して、「誉めて育てる」をどんどんすすめてほしいなぁと思います。
さて、このクラスで私に付いた「絵が上手い」という評価。
これは、学年が変わってクラス替えをした後も、同じクラスだった子が広めてくれました。そして、その後も…。
小学校4年生の図画工作の先生が、みんなの前で誉めてくれた。
このことがきっかけとなって、私の人生はよいほうへ転がり始めたのです。
本当に、先生のたったひと言が、どれだけの大きな影響を与えるものか…
時に、その子のその後の人生すら変えてしまうことがあるのです。
学校の先生は、自分のひと言がどれだけ大きな影響を持つものか…
それを、自覚して日々の発言をしてほしいと思います。
※少しずつですが、このシリーズとは別に「いじめ」をテーマとした記事を書いていこうと考えています。ご期待ください!
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