2023年の10月に、

「子育てに終わりはない」という内容の記事を書いたようである(記憶なし)


そこから1年半…

なんと怒涛のように息子が家を出て行きました。

経緯は、家から通える大学に行く予定だったのが急にちょいと遠い大学に行くことが決定したという感じ。


3月に入って急に決まったので、本当に気持ち的にも物理的にもバタバタだったし(気持ちの慌しさの方が大きかった)

急に息子と離れて暮らすのは私の心の準備ができておらず、

基本的には子供は実家を出るのが健全!と心の底から思っているんだけど、

子供が健やかに育つことと寂しいこととは全く別問題であった。


進学に伴い、本人もポジティブに希望に満ち溢れて実家を出て行ったのだから、喜ばしいことこの上ないはずなのに。


ただ、ひたすら寂しい。これはどうしようもない。


ただただ、顔が見たかったり声が聞きたかったりするだけ。それだけの感情。


だって我が子は世界で一番大切な存在だから。本当なら常に無事で元気な姿をこの目で確認し続けたい。それが親の本音じゃない?


でもわかりやすい例だと、ツバメは巣の中でひたすら口を開けて親からエサを食べさせてもらってたくせに、ある日突然巣から飛び立つわけで。

急に親から冷たくされて独り立ちを自覚する動物もたくさんいるよね。


いつまでも親と一緒にいない、という遺伝子は私たち人間という動物もインプットされている。


私も20歳前後はとにかく親元から離れたかった。


家を出た時は突然で、23歳の時に親に何も言わず勝手にアパート借りて勝手に出て行った。


母親は心配して、定期的に電話してきたりとか、たまに会ってランチしたりとかしてたけど。

私は母親が恋しくて会ってたんじゃなくて、自分は自活してお金がないから母親に美味しいランチ奢ってもらえるならいいや、くらいのテンションで月1くらいで会ってた。


母親と話してても面白くはないし、同年代の友達と話してる方がよっぽど楽しいし、でも嫌いってわけでもないから、向こうが過剰に心配してくるから渋々応じてたわけで…

でも28歳くらいの時に、母親が海外旅行に一生行けないまま歳をとるのももったいないなと急に思って、母を誘ってヨーロッパ旅行に行った。


旅行をプレゼントする経済的余裕はなくて、おのおの自分の分は自分で出す感じであせる(親はまぁまぁ経済的に余裕はあった)


旅先で、母親は頼りなくて私は友達と行くほど楽しめなくてイライラしてしまい、喧嘩というか私が機嫌悪くなって。


私的にはあまり楽しめたとも言えなかったけど、母の死後に出てきた母の日記には、私とヨーロッパ旅行に行けたことが嬉しかったと書いてあった。


私の息子が出て行った寂しさを書くつもりが、どんどん話が逸れて私の母の話になってしまったあせるあせる


息子を18年育ててきて、「あの時の母の気持ち」というのがようやく理解できるということを繰り返している。


息子を育ててこなかったら、あの時の母の気持ちは理解できないままだった。


だって、親というのは子供と話が合わなくても楽しくなくても、

大切な我が子が目の前にいるだけで幸せなんだもの。

そんな気持ちを、子供の立場だった頃は全くわかるわけはなかった。


だからって、親が子供に「いつまでもそばに居て」と言ってしまったり付きまとったりするのは迷惑行為だ。


独り立ちを全力で応援する。親は親で自分の人生を楽しむ。それが子供にとって幸せなことだ。


私は趣味も友達もそこそこ多い方だし、仕事もたくさんやらなきゃいけないから、実際もう子供に構っている暇がないし、自分の人生を楽しむことは得意な方だ。

だけどそんな自分でも、自分の人生を楽しむことよりも我が子の顔が見たくて声が聞きたい気持ちの方が勝ってしまうんだなぁと…驚くというかなんというか、それが親になるということなんだなって、また学びになる。

50過ぎても知らないことばかり。

こんな気持ちは知らなかった。


私は自分でやりたいことたくさんあって自分の人生を楽しみたいのに、子育てが体力的にも経済的にもしんどくて子供の思春期以降は精神的にもしんどいこともあって…体調を大きく崩して本当に落ち込んだ時期もあった。


でもそれも含めて、子供のおかげで常に知らない世界を見せてもらえているなって、今回子供が出て行って改めて思った。


翻弄され、色々な問題が降りかかっても、

それを彩りだと思えた。


↑たぶん1人になり物理的に家事労働など減ったおかげで、子供のことを思い悩むことが自分の人生の彩りだと思える余裕ができたんだと思うゲラゲラ


さてと。メソメソしないで仕事を頑張ろうグー

お読みいただきありがとうございます。