朝の通勤電車で、スーツを着た男性が小さい女の子を抱っこして乗り込んでいた。

 

ベビーカーではなく、がっつり抱きかかえていた。

 

私が最初に気になったのは、その女の子(2歳くらいかな?)の足がブラブラしていてぶつかりそう、ということだったことに我ながら優しさが欠けているなと思った。

 

しかしこの暑い中、それなりに大きくなって重くもなってきている子供を抱きかかえて電車に乗ってくるとは、一体どんな事情があったんだろう?

幸いにもそこまで満員ではなかったけど、子供の靴がぶつかる危険性を真っ先に考えるほどには近かった。

 

男性の腕には恐らく子供のリュックサックが引っかけられていた。

重そうだ。

 

満員電車に小さい子供が乗るというのは、どんな事情なのか。

病気のようにも、ケガをしているようにも見えなかったけど、抱きかかえていたということは緊急事態だったということだろうか。

 

それにしてもご苦労様と言いたくなるような状況ではあった。

 

 

満員電車に毎日のように乗ってくる夫婦も案外厄介な人たちがいるのだけど、小さい子供連れの女性も面倒であることもある。

子供が正義、子供がいるから大人は遠慮すべき、という子供及び子連れ優先が当たり前の人は苦手だ。

そういう時もあるけど、朝のラッシュ時にそこまで気を遣えない。

 

親切の押し付けも嫌だけど、親切にしろと迫ってくる人も嫌だ。

 

私も優しい人間になりたいと思っているけど、自分勝手な人にまで親切にできるほどの余裕はない。

 

優しい世界というのは、一方的に押し付けては成り立たないのだ。

何事もお互い様であり、何より心に余裕がなければ優しい心は共有できない。

 

そして特に電車内、しかも朝一では心に余裕がない人は多い。

だからこそつかず離れず、多少の譲り合いの精神で乗り切りたい。

 

電車内のトラブルの原因の大きなひとつは、ゆとりのなさだ。

心もそうだし人の多さもある。

 

コロナ以降は特に満員電車も多少は緩和されただろうけど、パーソナルスペースは保てない。

だからちょっとしたことでイライラする人も出てくる。

イラっとするだけで迷惑かけないならいいけど、そうでない人も多いから問題なのだ。

 

 

イラつかない社会になればいいのにな。

 

ストレスは必要なんだけど、心身に害をもたらすストレスはやめてもらいたい。

 

私自身は、ストレスには強い方だと自負はしているけど、溜め込みやすいタイプでもあるから気を付けないといけない。

繊細なようでいて図太い部分も大いにある。

だから油断して、それで盛大に傷ついてくよくよする時期が訪れるのだ。

 

 

日本のストレスは満員電車と、気を遣う人間関係が大きい。

 

前者は私にはどうにもできないけど、後者は工夫のしようがあると思うので。

 

こうして日々自己分析をしながら、自分の短所と向き合いながら生きていくのである。

 

それにしても、こんなに暗くてひねくれた性格になった原因を知りたいものだ。