こんにちは、山本明日香です。

今日は人生の棚卸をします。
まずは、私の人生に光をくれた、この人をご紹介します。

「湯川スミさん」

この方はすでに亡くなられていますが日本で初めて、ノーベル賞を受賞した「湯川秀樹さん」の奥様です。

さて、5歳で生きることに疑問を持ちだした、子供の頃の私と
湯川スミさんと私の接点は何でしょう。

それは、「夏休みの宿題」です。

私は小学校2年生の時。
忘れもしません。
8月31日の夜に
「夏休みの宿題の絵を書いてない!書きたくない!めんどくさい!」と
駄々をこねましたが。母は厳しい人で「宿題はやり切るものよ」と一言で制圧され。

夜な夜な、2時間で半べそで書いた絵。

それが。
1990年「世界はひとつ」「人間みな家族」をテーマとする世界連邦ポスター展:地区優秀賞

こちらを受賞しました。
自分で意識して書いた絵(落書き以外)は、これが初めてでした。

2学期に表彰され、賞状をもらいに初の公欠をして。
そのホールで、壇上で賞状を渡してくれた人が、湯川スミさんでした。

当時スミさんは80歳位だったと思います。

壇上で。
「おめでとう。これからも絵を書いてね」と、とても優しい笑顔で仰っていたのを20年たった今も覚えています。

そして時が流れ。
偶然見たニュースでスミさんの死去をしり。「これからも絵を書いてね」という言葉を再び思い出し。

ちょうど1年前に。「スミさんが言ってたし、またやろうかな」と、今度も全くやったことがない油絵を書き。

それが、第12回 日本・フランス現代美術世界展 入選しました。

スミさんとの約束(彼女はきっと、忘れているでしょうけど)を20年ぶりに果たした気分でした。

スミさんの言葉は、生きる意味も。学校のシステムも。何もかも理解出来なかった私の心に。間違いなく、光をくれました。

あの方が居たから。当時8歳の私が、20年後にもう一度、筆を取ったんだと思うのです。

その時の絵は、文部省にお出かけしたまま今も返ってきていません。義務教育時代の絵は殆ど、どこかに行ったまま、作品はないのです。スミさんは、上手とか下手ではなく。純粋に子供の未来に焦点を当ててくれた。そんな人だと思います。

生きているうちにお会いしたかった。
今は天国に居る、憧れの。私の人生の大切な…しなやかで素晴らしい女性です。


お月様ツイッターでつぶやいています。フォローお待ちしております。→ アスカのツイッターお月様

星空フェイスブックを本名でやっています☆よかったら探してみてください星空