一昔前にはよく、
政治家の「記憶にございません」という言葉が流行になったけれど、
令和の世の中にも有効なのか、と驚く。
そうか、偽証や嘘に罰則規定があっても、
記憶に無い、覚えてない、と答えれば、
その真偽は本人にしか分からないから偽証にはならず、
切り抜けられる、という事か、と愕然とする。
百条委員会の委員たちが、
余りにも証言が食い違うので、
頻りに首を傾げていたのが印象的だった。
それにしても、県のトップが、
「道義的責任が何かというのは、私には分かりません」って。
挙句の果てに、
亡くなった元県民局長が自死した理由は、
本人しか分からない、だって?
はっきり、「死をもって抗議する」というメッセージを遺している、と報道されているが?
この期に及んで誹謗中傷性の高い文書だった、と言い張るのは、
既に第三者委員会や議会でそうではない、と認定され、
それ故に百条委員会が開かれた事を、
全く理解していないのだな、と思わざるを得ない。
斎藤知事以外の、恐らく全ての人が、
知事の間違いを認めているのに、
本人だけが頑なに認めない、って何なんだろうね。
辞任することも間違いを認めることも、
負けだ、と思っていて、
負けたくない、とも思っているんだろうけど、
ここまで来ると、むしろ痛々しい。
小さな子供が叱られて、
僕は悪くない、悪いのは友達の方だ、と、
地団駄踏んでいる様にしか見えない。
斎藤知事にだって、
家族や友人はいるだろうに、
誰も彼の暴走を止めようとしないのか?
しても聞かないのか?
一説に寄ると、小学生の子供が1人いるらしいが、
知事の子供だという事は当然回りは知っているだろうから、
ここまで事が大きくなってしまったら、
子供がイジメの対象になりかねない。
本来あってはいけない事だが、
自分が元県民局長にした事が、
我が子に返ってくるかもしれない、と、
何故想像もできないのだろう。
まあ元々想像力が乏しく、
共感性にも乏しいから、
こんな事ができた、と言えるのかも。
頭は良かったのかもしれないが、
人として、何かが欠落している、としか思えない。
最近ワイドショーによく出ている、
泉房穂前明石市長。
この人、失言や暴言が多くて、
責任を取って辞職したが、
出直し選挙で大差で勝利。
何で明石市民は、またこの人を選ぶのだ?と、当時は不思議だった。
結局また失言の責任を取って辞職する事になったし。
でも今、テレビでよく見る泉氏の言動を見ていると、
その理由がよく分かる。
軽率な面はあったとしても、
市民の為の政策をキチンとし、
市民の為に、ちゃんと仕事をしていたのだ、と。
弟さんが足に障害があった事で差別され、
そうではない社会を作りたい、
誰にも優しい社会を作る為に、と、
貧困の中で独学で猛勉強をして東大に進んだ。
同じ東大卒でも、端から志が違ったのだ。
だから市民に愛され、
もう、市長、しょうがないな〜と、
許されていた部分があったのだ、と。
それ故、後継指名した候補者も、
大差で当選しているのだ、と。
斎藤知事は、いつか自らの失敗に気づく日が来るのだろうか。
彼のやり方では、結局人はついてこない。
そして人望がなければ、
トップは務まらない。
恐怖政治の様な独裁的なやり方では、
一時的には効率よく支配できるように見えても、
結局内部から崩壊するだろう。
元県民局長は、命をかけて、
兵庫県民と県の職員を守った、とも言えるかもしれない。
どれ程斎藤知事が抵抗しても、
最早パワハラ認定は免れないだろうし、
今後、刑事・民事での裁判もあるかもしれない。
茨の道が待っていると自覚した方が良い。
少なくとも政治家はもうできないだろうな。
はっきり言って、自分の自治体に、
こんな首長は御免だし、
自分の選挙区から国政に送り出すのも絶対したくない。
これ程自己中な人が、
市民や国民の為に働ける、とはとても思えないので。
とうとう維新からも見放されたようだが、
最後はどう決断するんだろうね。
不信任決議をされるまで、
知事の椅子にしがみつくんだろうか。
「全力で県政を前に進めるのが、
私なりの責任の取り方」とか言ってるけど、
知事が知事の座にいることが、
一番県政を停滞させているんだけど。
前に進める為には、
さっさと辞めてくれた方がいい、って、
本人だけが分かっていないのか、
分かっているけど単に辞めたくないのか。
友人のお姉さんが兵庫県民なんだけど、
斎藤知事が問題が恥ずかしい、と言っていたらしい。
そう思っている県民は、
かなりいるんじゃないかな。
少なくとも2人の人の命が失われている事の重さが、
分からない様な人に、
首長たる資格はないよ。
もう最近は、
顔や発言を聞くだけで不愉快になってくるので、
早く消えて欲しい、とすら思う。
せめて自分のやってきた事への責任は、
キチンと取って貰いたいものだ。