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「Kiss me please」

 

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

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小説の<目次>は こちら

 

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深夜、いつものようにベッドの中で並んで身を横たえながら、安達がふとつぶやいた。

 

「俺、黒沢の匂い、スゲェ好き」

 

二人が使っているシャンプーとボディーソープの香りに、ほんのわずかに混じる甘さを含んだ匂い。

 

この匂いに包まれていると温かくて幸せな気持ちになる。

 

そしてこれほど近くでそれを感じることができるのは自分だけだと思うと、胸の奥がむずむずしてなんだか少しこそばゆい。

 

幸せそうに深く息を吸い込む安達に、黒沢は一瞬ピクリと眉を上げると悪戯っぽく笑った。

 

「じゃあ、もっと近くで嗅ぎなよ」

 

「え? うわっ!」

 

突然、強い力で黒沢に抱きすくめられる。

 

「ちょっ、やめろって!」

 

そのまま胸元に頭をぎゅっと押し付けられて息ができない。

 

ジタバタしながら何とか息をしようと上を向くと、それを狙っていたかのように後ろから頭を抑えられてキスされる。

 

「ん・・・・・・んん・・・」

 

必死にあらがう安達を黒沢の力強い両腕が封じ込める。

 

やがて虚しい抵抗を諦めた安達はされるままに身を預けた。

 

しばらくして黒沢が少し手の力を緩めた瞬間、

 

「プハッ!」

 

ようやく解放されたように大きく息を吐くと、安達は恨めしげに頬を膨らませた。

 

「もう、何すんだよ」

 

「ふふ、ごめん、安達があんまり可愛いこと言うから歯止めがきかなくなった」

 

笑いながら黒沢が肩をすくめる。

 

愛おしそうにみつめるその視線がくすぐったい。

 

それに「可愛い」という言葉は何度言われても慣れることがない。

 

安達は照れ臭さから抜け出すように話題を変えた。

 

「けど、お前よく息が続くよな」

 

そう言えば黒沢は高校時代、水泳だかサッカーだか野球だか、とにかくインターハイで活躍したらしい。

 

そういう運動神経がいいところもキスの最中の呼吸に関係しているのだろうか。

 

すると黒沢が右手の人差し指で安達の鼻先にそっと触れた。

 

「キスしてる時ってね。鼻で呼吸すればいいんだよ」

 

なにげなく言うその言葉に、安達は小さくうなずいた。

 

「あ、そっか、そう・・・・・・だよな」

 

こんなことはキスの常識なのだろう。

 

やっぱり黒沢はなんでもよく知っている。

 

それはきっと、自分と違って女の子と付き合った経験が豊富だからだ。

 

ふと、顔の見えない元カノの輪郭が浮かぶ。

 

黒沢の事だから相手の子はきっと可愛くて優しくて頭も良くて、非の打ち所のない素敵な女性だったに違いない。

 

けれど・・・・・・。

 

「あのさ・・・・・・」

 

「ん? なあに?」

 

「その・・・・・・なんで別れたの?」

 

思わず口をついて出た疑問は安達の心に以前から引っ掛かっていたことだ。

 

「え?」

 

突然の問いかけに黒沢が困惑の表情を見せる。

 

「や、だからさ、黒沢が今まで付き合った女の子達となんで別れたのかなって」

 

エリートイケメンで見た目も中身も完璧な黒沢が振られるはずはない。

 

別れを告げるとすれば黒沢の方からだろう。

 

だとしたらその理由を知りたい。

 

もしかしたらそれはいつか自分に向けられる言葉かもしれないのだ。

 

そもそも黒沢がなぜ自分みたいな冴えない男を愛してくれたのか、今でも不思議に思うことがある。

 

安達の心に不安の影が浮かぶ。

 

「女の子達って、そんなにいないよ。高校の時に1人と大学の時に1人、それだけ」

 

「え? マジ?」

 

安達は驚きの声を上げた。

 

黒沢ほどのモテ男が過去に付き合ったのがたったの2人だけとは意外だ。

 

「うん。どっちも短かったよ」

 

これまで告白された事は何度もある。

 

それこそ一つ一つ覚えてなどいられないほどに。

 

今でもそうだが、バレンタインデーや誕生日にはたくさんの手紙やプレゼントをもらう。

 

その中には名前も知らない女の子達も大勢含まれている。

 

だから高校時代、何かと騒がしい周りの状況を落ち着かせたくてそのうちの1人と付き合ってみた。

 

けれど女の子達に追いかけられることに変わりはなかった。

 

そして当の彼女でさえ、自分がマウントの頂点にいるかのように誇らしげだった。

 

誰も黒沢優一と言う一人の人間の内面を見ようとはしていなかった。

 

それは大学時代も同様だった。

 

「かっこいい」

「素敵」

「イケメン」

 

女の子たちの前で、そんな自分でいることを常に期待されている気がして心が重かった。

 

「別れた理由はね・・・・・・」

 

過ぎ去った記憶を思い出すように黒沢は目を伏せた。

 

高校時代の彼女も大学時代の彼女も、二人でいても特別な幸せを感じることは無かった。

 

映画だの水族館だの、ありがちなデートをし、

 

「私のこと好き?」

 

そう聞かれたら、笑顔で「うん」と答える。

 

正直なところ特に好きでも嫌いでもないというのが本音だったのだが、彼女らはそれだけで満足のようだった。

 

「どこが?」とも「なぜ?」とも問われたことは無い。

 

ただ彼女らが思い描く「理想の彼氏」を演じているに過ぎなかった。

 

そして高校生のときには大学受験を、大学生のときには就活を理由に、どちらの相手とも少しずつ距離を取っていった。

 

「・・・・・・だから俺だって、そんなに経験豊富なわけじゃないよ」

 

そう、これまでのどんな経験より、安達と過ごすこの瞬間のほうが数倍、いや、数十倍幸せだ。

 

安達のことが可愛くて胸が震えるほど愛しくて、でもそれだけではない。

 

安達には自分の全てを見せられる。

 

そして安達の全てを見せて欲しい。

 

愛する人を形容する言葉に「魂の半身」という言葉があるが自分にとっての安達はまさにそれだ。

 

安達の笑顔を守るためなら自分はなんだってできる。


あらためてそう強く感じながら、腕の中にいる安達の少し紅潮した頬を右手で優しくなでる。

 

「・・・・・・そっか」

 

黒沢の胸に身を委ねながら安達はうなずいた。

 

今まで、黒沢は自分なんかと違って充実した10代20代を過ごしてきたのだと思っていた。

 

けれどそこには自分のそれとは異なる寂しさがあったのだ。

 

そのことを正直に話してくれたことが嬉しい。

 

「黒沢・・・・・・」

 

「ん?」

 

優しい声で問いかける黒沢を見上げると、安達は微笑んだ。

 

「ありがとな、俺を見つけてくれて」

 

「そんな、俺の方こそだよ」

 

互いに微笑み合うと、掛け時計から深夜0時を告げる軽やかなチャイムが鳴った。

 

「じゃあ・・・・・・」

 

―― おやすみ。

 

てっきりそう言われるものと思っていた安達に、黒沢がにっこりと笑った。

 

「もう一回、練習しよっか」

 

「え? お、おう」

 

そうだ、黒沢に喜んでもらうためにも、もっとキスが上手くならなければ。

 

覚悟を決めたように安達が口元をきゅっと一文字に結ぶ。

 

―― さあ、来い!

 

いかにもそんな風に身構えている表情が可愛いらしい。

 

先程とは違い優しく唇を重ねると、ぎこちなかった安達の呼吸が少しずつ整ってくる。

 

互いの鼻先にあたる柔らかな吐息が少しくすぐったい。

 

しばらくして身体を離すと安達が小さく溜息を吐き、トロンとした目を上げた。

 

こんなに愛らしい表情を見つめることが出来る幸せを黒沢は思わず神に感謝した。

 

そして・・・・・・。

 

「今の練習ね。次が本番」

 

「って、何回すんだよ」

 

恥ずかしさを隠すようにうつむく安達に黒沢は微笑んだ。

 

「そりゃあ、もちろん」

 

安達のあごを捉えて顔を上げさせると、黒沢は唇をギリギリまで近づけ当然のようにささやいた。

 

 

「何回でも」

 

 

 

 

 

ドキドキおしまいドキドキ