…東日本大震災から13年が経ちました。

 

 

今回は東北の地で祈りと希望を受け取り、

地震が起きた時間に黙祷できました…

 

 

 

 
 


ピンク薔薇

 

 

 

 

宮城県名取市閖上地区は多大な震災の爪痕が残り多くの犠牲者がが出た場所でもあります。

 

 

…11日は名取市にある名取市震災復興伝承館 へ伺いました。

仙台駅からJR電車に乗り名取駅から市営巡回バス『なとりん号』 に乗り換え向かいます。

 

 

 

名取駅から乗客された母娘親子とおぼしき方が花束を持参され新興住宅街の一角で下車

 

偶然にも帰りも同じバスだったので印象に残っています。

 

帰りには花束を持ってらっしゃらなかったので

知り合いのお見舞い?もしくは11日という特別な日も重なっていたので震災で亡くなった方の弔いに訪れたのかな?と想像をしました。

 

 

伝承館のある場所は平らに整地が行き届いた道路より少し高台に建てられています。

 

 

 

入るとすぐ左手に可愛い雛人形が飾ってあり雛人形の謂れが記載されていました。

 

 

 

 

 

 

 

中程には大漁旗が並んでいます。

あちこちに泥水に浸かったような跡が乾いている今もあります。

 

 

 
 
 
 

 

こちらの模型は去年訪れた震災遺構 仙台市立荒浜小学校 内に展示されていたの模型と似たような形でした。

 

 

住民の名前、記憶に残っている想い出が模型の建物の上に記されています。

 

 

 

夏には花火をした広場

魚釣りをした川

 

 

そんな震災前の何気ない懐かしい思い出が細かな文字で記載されています。

 

 

 

奥の部屋では大きな画面に震災の時の様子や体験した出来事を語る語り部さんの話が聴けました。

 

 

車で逃げる最中、津波に巻き込まれてしまい、寸でのところで息子さんが差し出した手を掴んだお陰で自分は助かったとおっしゃる年老いたご婦人…残念なことにはご一緒だった娘さんは亡くなられたそうです。

 

 

…当時、小学生を持つ女性のママ友さんであった方のお話も聴きました。

 

ママ友さんはご自身で勉強をし福祉士の資格を取るほど頑張り屋さんでテニスの趣味をを持つ行動力がある方でした。

 

介護を受ける利用者さんから何かあったら助けて下さいね。とずっと頼りにされていて当日は別の場所にいたのに責任感から戻り、一人を避難所へ別の方のお宅へとまた舞い戻りそのまま帰らぬ人となってしまったそうです。

 

 

 

 

 

                                   ピンク薔薇

 

 

 

 

風のポスト

 

 
 

「このポストは震災で亡くなられた方へ届けたいお気持ちをお手紙にして投稿して頂く為のポストです。

亡くなられたご親族などへの思いや、遠方から伝承館へお越しになり、感じられた思いなどをお手紙にして投稿して下さい。

投稿して頂いたお手紙は、掲示させていただき、来館者にご紹介させていただきます。」

 

 

今までに書かれた葉書の文面が丁寧にコピーされファイルが何冊も立て掛けてあります。

 

手に取り、ページをめくって読ませて頂きました。

 

…当時まだ幼い子供が同級生に宛てた葉書だったり、亡くなってしまった身内に宛てた葉書だったりと相手を思いやり、想い出や天国でこうあって欲しいという願いが詰まった内容でした。

 

 

この施設を訪れた方からの感想も葉書として投稿されていました。

実際に語り部さん達からのお話を聴いたりして…亡くなった命の尊さを改めて考えさせられる体験をした。残された自分達はどのように生きるべきか?こんな風に生きていこうなどここを訪れたことの意義がしたためられています。

 

 

私が訪れた時間にたまたま地元テレビ局の方が施設の方に話を訊きにいらっしゃいました。

 

 

やはり年々、施設を訪れる団体数が減って来ていること、そして何よりも震災後に生まれた子供達に3.11と言ってもぴんとこなくなってきている現実

…そんなはなしの内容が漏れ聞こえてきます。

 

 

 

名取市の小学校では入学時に避難リュックを購入してもらい中に必要な物を自分で考えて入れ、水が浸からない学校の上層階教室に保管するそうです。

毎年進級時には中身の点検、入れ替えをしていざという時に備えていると教えてくださいました。

 

 

 

来館する際に入口外で「後でおよりくださいね。」とトマトスープの提供があったのですが、、、、生憎バス時刻となり温かな持て成しに応えられなかったことが心のこりでもあります。。

 

 

 

昨年のFaOI仙台に来た時に震災遺構荒浜小学校 へ

訪れたときの写真も添付しておきます。

 

 

仙台市内、海外沿いの小学校で津波による被害をそのまま残した校舎や災害の写真展示など津波の威力や脅威を実感できる施設です。

 

 以下、生々しい写真になります…

 

....とやはり、伝承館と同じく語り部ならぬVTRに登場した小学3年生を受け持った先生の話が深く心に刺さりました。

(VTRを観てから随分経ちました...話の内容も正確でないかもしれません。私が受け取ったと内容でと解釈下されば幸いです。)

 

 

 

あの日あの時間、教室で子供達に話をしている最中に地震が起きました。

 暫くして窓に目をやると白い線のような雲みたいなものが海岸線の上に見えたそうです。

 

 

 

 

 

あれは雲じゃない!

津波が押し寄せてくるんだ!

 

 

急いで屋上に児童を避難させ、屋上から津波の水の勢いに圧倒されたそうです。押し寄せてくる水が校舎の中に流れ込んできて危機一髪。

 

屋上からは生徒達と津波に飲まれる車や家々を見ているしかなく、、、

近所に住む子供の家が流されて目の前を通り過ぎたときは

その子と共に茫然と見つめるしかなかった。

....切な過ぎた光景だったそうです。。

 

 

 
 

屋上から見た景色

現在は綺麗に整地されていましたが、ここに多くの家が立ち並んでいたことを思うといたたまれなくなります。

 

展示を見たり先生方や被災された生徒さんが話してくれたVTRをみた直後だったので、、、

いまは穏やかだけど、また突然地震が起こったらどうしよう。。

そして津波が来たら、、、

 

 

...正直、怖い .....ここに居てはだめだ戻らなきゃ、、、脳裏をよぎったことは事実です。

 

 

 

 

ピンク薔薇

 

 

 

 

昨年のノッテステラータ上演内で羽生さんが私達に訴えかけました。

 

 

「今日ある命は明日あるとは限りません

今日の今ある幸せは明日もあるとは限りません

そうやって地震は起きました

だから、みんな真剣に今ある命を今の時間を幸せに生きてください....」

 

 

 

 

今年のノッテステラータ最終日の最後の挨拶時、、、

明日また世の中は暗い気持ちの溢れた一日になるとおもいます~

と話し始めた時に....哀しい事に私の前列でも失笑がありました。

 

直ぐに羽生さんは笑い事ではありません とおっしゃられましたよね。

 

本当にそう思います。

 

 

失笑された方達、羽生さんの何を見てこられたのでしょう。

 

ここを訪れてみて色んな事を感じて欲しいなって思います。。

 

 

 

ピンク薔薇

 

 

 

 

 

 

 

震災の前後にはTVやニュースでも特集が組まれます。

たまたま見ていたNHKニュースでも2011年3月11日生まれの方のインタビューが流れました。

 

毎年、自分の誕生日になると震災の映像やいまだかって行方不明者の身内の方の悲しみなど....

どこか、後ろめたい気持ちを持ってしまい、心の底から喜んでいいものか?と感じていたようです。

 

もちろん、そんなお子さんばかりではないでしょうが。。

 

羽生さんもどこかでそんな話を聴かれたのでしょうね。

...思慮深さに胸が熱くなりました。

 

 

私も共に言わせて下さい。

 

 

3月11日生まれの皆さん✨

 

お誕生日おめでとうございます✨

 

よろこびを受け輝かしい未来に胸を張り生きてくださいね✨

 

皆さんの夢が叶いますように✨』

 

 

 

羽生さん、ありがとうございます✨

 

 

 

 

ピンク薔薇

 

 

 

 

 

....ノッテステラータを受け取りに今回も何とか宮城に行けたこと、11日という特別な日に仙台で羽生さんと共に祈りを捧げられたことに感謝したいとおもいます。

 

 

 

 
 
 
 
 

 

帰りの新幹線の中でちまちま書いた記事がまたもや消えてしまい今頃投稿します汗日にちは敢えて変えません。。(2024.3.13記)

 

 

追記:昨年FaOIのショーで宮城を訪れた時に立ち寄らねばと思いたったきっかけを作ってくれた記事があります。

大勢の方がお読みになられたかと思いますが、とても分かりやすく詳しく書かれている

漫画がありますのでご紹介させていただきます。

たまちゃん、お借りしますね♡

 

 

 

 

 

 

 

皆さんと羽生さんが健康で心穏やかに過ごせますように。.:*・゚゚クローバー

 

 

ピンク薔薇こちら参加しています。

いつもありがとうございます。

クリスマスベル ウェブベルマーク