最終節 町田ゼルビア戦の鹿島スタジアムは、今年の最高入場者数32840人でした。

最終節で町田は優勝の可能性を持って鹿島に挑んできました。
目の前でそんな場面を見せられるのは1997年のジュビロ戦だけで、二度とゴメンだという意気込みが出たんでしょうかね。入場前のスタジアムの列は人の波でいつもの景色が人の頭でいっぱいでした。

思い返せば、Jリーグ初年度のアントラーズは前期を優勝して年度優勝を国立でヴェルディと戦い敗れました。
あの時は出来レースのような俺様審判に憤慨する試合でした。
Jリーグに参加出来るか99%無理といわれたチームが初年度優勝に挑戦した試合でした。

今年、J1に帰ってきたヴェルディとの鹿島スタジアムでの試合は3対3の引き分けでした。

こちらが3点のリードしていた試合をヴェルディが追いついてドローになった試合でした。
あの時にスタジアムのスクリーンにヴェルディの選手の闘志の表情が映し出されました。
(この顔を鹿島の選手もわすれちゃいけない)と思いました。
いつもアントラーズは挑戦者なんだと思っているから。

最終節の試合はいい試合でした。



2024年の鹿島スタジアムでの試合はホーム不敗だとセレモニーで知りました。
ちょっとびっくり。
10勝9分けの成績だったようです。

しぶとく負けないアントラーズの伝統を守ってほしいです。
自分もアントラーズとの絆をしぶとく守ろうとがんばろうと思っています。









薬師寺の大谷徹奘さんの法話を聞く

令和六年十二月三日

於 水戸京成ホテル


会場には、大きな薬師如来の写真の掛軸が掛かってあり、それは、薬師寺の御本尊と同じ大きさと説明されました。

法話の前にきちんとそのお薬師さまへ読経とご挨拶をしました。


大谷徹奘さんは、最初から最後までパワフルな声と伝える迫力がありました。


私はまた、笑い、泣いてました。



法話の会場にペンを持っていくのを忘れまして焦りました。

逆に一生懸命覚えておこうと聴き、会場を出たらすぐにスマホのメモに入れはじめたのですが、思いのほかたくさん書けたのでブログにあげようと思います。




この自分の手を動かせるのは自分だけ

この自分の想いを動かせるのは自分だけ

生まれてからずっと一緒にいてくれる私の身体と心


『身心安楽』は

薬師如来の誓願 

(しんじんあんらく)と読みます


らくしん(らくちん)

楽身は医者にお願いできる

あんしん

安心は自分しか制御を成せない


悟は「わが心」

あなたは正しい。でも絶対ではないよ。

納得させられるのは自分だけ

自分の心を自分で修める



お経

経は『たていと』と読む

地球の北と南を繋ぐ経度は、

たていと

極楽と地獄の扉の

行き先を指差し示す経

『愚者は経験に学び

賢者は歴史に学ぶ』

経はお釈迦さまから聞く歴史の

『たていと』



面倒と面白


顔を上げない 面を倒す

やる気ないとき


顔を上げて 輝きの眼差しを前に向ける

やる気にあふれているとき


白は「あかるい」と読む




玄奘三蔵の般若心経の訳

観音さまを観自在菩薩と訳した。

『観自在』

それは、自分の在り方を観察するものという意味



人間は「目耳鼻口皮膚」と外側の情報を集めるための器官を使い外側の批評をすることに得意になっているけれど、自分の顔は一生自分の目では見られない


内側を知る大切さを現代人は疎かにしている。



法話のあとは写経の時間に。

会場は満席のため、ざわついた空気感に写経に集中するのが難しかったが、そのおかげで

写経の途中に考えることが字面に現れて来るのが解った。

「内側を観察することは、なかなか出来ないが写経すると分かるんだな」

と感じて面白かった。





日めくりカレンダー、買いました。






今年、念願の彌彦神社へ行くことが出来ました。

10月最初の週末に新潟へ行きました。


この旅の計画は、いつからされていたのか、忘れてしまうほど昔なんです。




スピリチュアルという言葉に馴染みがない頃、『オーラの泉』という番組を観て、ワクワクしていました。不思議な話が好きだった自分に、スピリチュアルという言葉があると知った時でした。


それから、

2009年に購入した『数霊に秘められた宇宙の叡智』の本の中にインターネットで神社を訪ねる時代が来るとあり、なにそれ?と半信半疑で読んだ記憶があります。


彌彦神社を知ったのは、オーラの泉を観ていた頃で、「あなたが行くべき神社はここ」と、ケータイサイトの占いで最初に出てきた神社でした。


どこにある神社?

そこは有名なの?



と、知らなさ加減が逆にひっかかり忘れちゃならないと思いました。


その次はセーファー御嶽が出てきて、それも???でしたが。


SFが好きで歴史も好きでたくさん本も読んでいたのに、私ってなんにも知らないんだと焦りました。(笑)



だから、19年越しくらいの計画でしょうか、彌彦神社へと行った話を書いていきます。





https://youtube.com/shorts/Q0v3lbGMoJE?si=ayMjQATqzdJIrFvS



頑張れを言わないほうが良いと言われて面食らった過去の記憶


頑張っているのに、これ以上どうしたら良いの?

と苦しめてしまう言葉に聞こえると知らされたとき、


そうか、そんな意味になって受け取られることになるのかとショックを受けた思い出。


頑張っては期待の言葉でもあるから。


でも、思わず言ってしまい、あとから後悔してしまうことが起きるのがなんとも嫌だった。


ピエロさん、ありがとう。


やっと、心穏やかになれます。


共感は日本人の徳です。

祈りは今必要なものです。


心穏やかに発せられれば、それは良き言霊になりますね。





子どもの頃にこの雄叫びをもって掃除洗剤のCMで笑わせてくれた西田敏行さん。

親のお手伝いをするときのジレンマをバサリと一刀両断されて、いまに至ります。


もっと小さい頃、渥美清の『泣いてたまるか』に出演されていたのが強く印象に残っていましたが、あれがテレビデビュー作と知りました。


松崎しげるさんと即興で歌を作って歌う番組を観て凄いなと感心したことも忘れられません。


NHKの『おんな太閤記』では、あり得ない秀吉(体型的に)を愛すべき庶民太閤さんとして魅せてくれました。


とても好きな芸能人さんでした。


福島県の出身と知り、母の弟だった叔父さんを思い出しました。

一緒に遊んでくれるとき、大人対子どもではなく子ども同士の正直な心の喜悲を表して楽しかった思い出をくれた叔父さんを。


つい先日、会津旅行の白虎隊の慰霊のお堂に向かった時、『八重の桜』のキャストの似顔絵を飾られているのを観てきました。

西郷頼母の西田さんもありました。


天国へ往かれてしまいました。

とても寂しくなります。

ユーモアであふれた大きな大きな子どものような西田敏行さんに会えなくなるなんて。


たくさん楽しませてくれて

ありがとうございました。