いきなり、古文の話ではなく、今日も、先日の講演会がらみの気づいたお話です。

で、タイトルは清少納言の枕草子からの言葉です。

靖国神社でひいたおみくじの「おしえ」に書かれていた言葉です。


開けなければ、入れない。
誰でも開けたら入れるけれど、閉めない人が余りに多くて辟易する。

ものにこだわらない開けっ放しの性格もよいが、外の人に迷惑になることだってあるから、気をつけよとありました。


このおみくじをひいた時に思い出したのが、天の岩戸開きです。

私がブログを書き始めた頃、今もお世話になっています羽黒神社の宮司さまのブログに、私は質問のコメントをさせてもらいました。

岩戸開きのあと、注連縄を張って、二度と岩戸に神様が入られないようにしたのは、何故かと。

注連縄のどちらが神聖な場所なのかと思っていたのです。

宮司さまは、どちら側の話よりも、注連縄をしめて己をただしく立てることが大事と教えてくれました。
(誠に真の通った神職さまと尊敬しております)


さて、講演会の話です。


ワンネスの世界から一人一人が分離したような気になっていようとも、扉を開ければ見えるのですと黒斎さんが言うのを聞いて、おみくじのことを思い出したのです。

開ければ入れる。
閉めてあったから、開けることが出来る。
閉めたのは、誰?


私たちが何者であったかを思い出すとビックリすると阿部さんは言われます。


ワンネスを信じてみるとき、そこから、飛び出してこの閉塞感のある世界を世界だと信じこめる妄想力の凄い者たちが、私たちなのか?



見方を変えると、いろんな面白いことになるものだと思いました。