相変わらず、飛鳥時代の世界の探訪を楽しんでいます。

以前に読んだ本を何度読み返しても面白いです。


あまり深く決め事を読み込んではいないので、
気になる言葉に繋がる閃きを自由に使い、いつも新鮮な思いで読んでいます。



最近、そうなんだと思ったことは、
万葉集に歌われる、天皇に対する枕詞の「やすみしし」
の意味がわかりました。

辞書で調べれば、すぐに分かる言葉ですが…

「世界の隅々まで統治していらっしゃる」
大王(おおきみ)は…
と いう意味で、「八隅しし」と使われるのだそうです。


私は、天皇が行幸の途中で広い陣をとり休まれているのかなと思い込んでいました。

ちょっと違うなと思いながら…(笑)



飛鳥の時代の八角形墳墓の特集記事のある本を読み返すうちに、この時代の神仙思想による「八」に込められた意味を知ったのです。

八方を遍く統治する力があることを讃えるために「八角」の墓を残したそうです。

ある本では、道教の考え方からと書いてありました。
その本は、仏教からと理解しては間違いだと書いてありまして…

簡単に、人の理解を間違いと決めつけることに私はカチンときました。


今の日本の仏教が、最初に伝わってきた形のままとは、思えないからです。


道教は、中国から伝わってきたといわれていますが、大陸はずっと繋がっています。
長い時間をかけて、人の交流がそれぞれの神の思いを伝えあえば、少しずつ変わってしまうことがあると思うのです。


空海は、それを知りたくて唐へ渡り、景教を持ち帰ってきたということを読んだこともあります。




最初に人のうちにある神と名付けられる前の神の意識をお互いに分け合うとき、言葉が必要となり、言葉は、時代と共に変わっていく…


言葉だけがひとり歩きを始めてしまえば、同じものであるものが見えなくなってしまう…









なんか…

話が広がりすぎましたね…