今日は6ね。
がんばってます。
(笑)

明日香郵便局を左に曲がって、すぐに
『伝飛鳥板蓋宮跡』がある。
ときいていた。
本当に曲がってすぐ、少し開けた空間に、それらしき碑があった。
…こんなに小さいのか…と残念に思いながらも、時の経つのはこういうものかと納得しようと思った。
でも、もう少し行くと、デーンと広がる宮跡が広がっていた。
「きゃあ♪
ここよ!
ここっ!」
と一人ではしゃぐ。(笑)
そして、歩き回って感触を確かめ、風景を目に焼き付けようとぐるぐると身も回す。(笑)
写真は、井戸跡の周りに石敷き遺構を復元した場所。
向こうに見える小高い山には橘寺が建っている。
ここから、秋の実りの田んぼが広がる遊歩道を歩く。
ちょうどこのあたりで正午の鐘がなる。(鐘ではなく、メロディーであったが)
酒船石の案内が近くにあったが、山を上がって行くようだったのでパスして、
飛鳥寺へと向かう。
飛鳥寺の飛鳥大仏は、推古天皇の時代から、ずっと同じ場所に座り続けていらっしゃるという。
都が変わって、移り住まなければならないところを、頑として動かれなかったという。
長い年月の難をくぐり抜け、継ぎ接ぎだらけのお身体に、御髪もみだれたお姿の仏様だけど、ゆったりと微笑んでいるようなおおらかさがあった。
歩き疲れた身体をその前にぺたりと座らせてもらい、しばらくボーっと眺めさせてもらった。
「お疲れ様です」
飛鳥寺の西奥に、
蘇我入鹿首塚はあった。

ここへ、来られたら、必ずしようと思っていたこと。
跪いてお祈りをすること。
無念の想いをお慰めする…
出来た。
一人旅で、良かった。
(笑)
首塚の向こうに見える山が、甘橿の丘。
飛鳥の中心は、本当に、こじんまりと、まとまっていた。
古代の歴史を目の前にして、確かめることが出来て嬉しかった。
そして、鎌倉幕府の歴史と同じだと思った。
壮大な歴史の流れは、人の生きている場所で生まれる。
どこか遠くの事では、ないのだ。
ここから、甘橿の丘へと向かった。