ソニーで、コンパクトディスクを開発された方が書かれた本の題名である。
その本とは、十年くらい前に出会った。
この方の書いたもう一冊の、『未来を開く「あの世」の科学』
という本もあわせて読んだとき、私は素晴らしい気づきをもらった。
本の中で般若心経の説く世界は、現代の最先端の科学であきらかになってきたことを、既に、解き明かしてあると書いてあった。
十年前は、読んで、知識を手に入れたところで満足していた。
四年前に、もう一度読み直したとき、大切な閃きを受けた。
(必死に、ありがとうを唱えてた頃ね…)
読んでいるうちに
「全部、私だ」
という言葉が頭に浮かんだのだ。
半ば、呆然とした状態になって。
まあ、しかし、
「だから、なに?」と
世界は、ひとつも変わらなかったが。
(笑)
般若心経の説く、
「ないないづくしの
『空』の意味」
を現代ならこんな形に表せるんだということが、理解出来たからだと思う。
本のなかで、仏教は、最新の学問であったのに、今の仏教界は過去の最先端を生きた偉人を祀りあげているだけになっていると書かれていて、考えさせられた。
しかし、そのことをしっかりと受け取られて、この方にエールを送った仏教界の方が、松原泰道師であった。
松原泰道師は、『未来を~』のなかでは、著者と対談もされている。
ここで私は、「十牛図」の話を知った。
あの頃から、また私は、いろんな本を読んだり、それを自分自身に照らし合わせて懸命に生きてきた…
肩の力をぬくことを、ようやく実践できるようになったいま…
あの、忘れられない言葉
「全部、私だ」
これを、辛いときやイライラしたときに、言ってみる。
すると、
笑いたくなる。
息子と言い合いになって、腹がたつとき
「あいつの無明は私の影響が大だろ」
と納得すれば…
…本当だ。
与えたものが、受け取るものだってのは…
と苦笑い。
そんなことを解るために、私の人生が手にした、善き道しるべを与えてくれた本や出会えた恩師の方々。
その全てに、
感謝を感じるとき、
それは、自分へとも与えられている感謝だと思えると…。
あぁ、
面白いことになってきたなと、
笑ってしまうのだ。


その本とは、十年くらい前に出会った。
この方の書いたもう一冊の、『未来を開く「あの世」の科学』
という本もあわせて読んだとき、私は素晴らしい気づきをもらった。
本の中で般若心経の説く世界は、現代の最先端の科学であきらかになってきたことを、既に、解き明かしてあると書いてあった。
十年前は、読んで、知識を手に入れたところで満足していた。
四年前に、もう一度読み直したとき、大切な閃きを受けた。
(必死に、ありがとうを唱えてた頃ね…)
読んでいるうちに
「全部、私だ」
という言葉が頭に浮かんだのだ。
半ば、呆然とした状態になって。
まあ、しかし、
「だから、なに?」と
世界は、ひとつも変わらなかったが。
(笑)
般若心経の説く、
「ないないづくしの
『空』の意味」
を現代ならこんな形に表せるんだということが、理解出来たからだと思う。
本のなかで、仏教は、最新の学問であったのに、今の仏教界は過去の最先端を生きた偉人を祀りあげているだけになっていると書かれていて、考えさせられた。
しかし、そのことをしっかりと受け取られて、この方にエールを送った仏教界の方が、松原泰道師であった。
松原泰道師は、『未来を~』のなかでは、著者と対談もされている。
ここで私は、「十牛図」の話を知った。
あの頃から、また私は、いろんな本を読んだり、それを自分自身に照らし合わせて懸命に生きてきた…
肩の力をぬくことを、ようやく実践できるようになったいま…
あの、忘れられない言葉
「全部、私だ」
これを、辛いときやイライラしたときに、言ってみる。
すると、
笑いたくなる。
息子と言い合いになって、腹がたつとき
「あいつの無明は私の影響が大だろ」
と納得すれば…
…本当だ。
与えたものが、受け取るものだってのは…
と苦笑い。
そんなことを解るために、私の人生が手にした、善き道しるべを与えてくれた本や出会えた恩師の方々。
その全てに、
感謝を感じるとき、
それは、自分へとも与えられている感謝だと思えると…。
あぁ、
面白いことになってきたなと、
笑ってしまうのだ。

