私の通った学校は、3月で閉校となった。
私は、2月に修了証をいただいていた。
そして、新たな就職先を探していた。

もう一度、小学校の介助員を希望したが、今回は書類審査で受け入れてはもらえなかった。


ヘルパーの資格を取ったのだから、介護の仕事をすることを考えたが、どうしても
「やっぱり、子どもたちの助けになりたい」
という想いを手放せずに、仕事を探した。

そして、特別支援学校に通う子どもたちの学童保育を行う事業所に面接を申し込んだ。

そのことを報告するためと、閉校してしまう学校の先生へ会いに行こうと友達に誘われ、3月に学校を訪れた。



みんなと楽しく語らっていた時、地震が起きた。
まるで、洗濯機の中に放り込まれたように揺れた。
それなりに、気も動転したが、(いま思い返しての言葉だけど…)
そこでは、誰一人、怪我することなく、先生方も落ち着いていて、
「こんな時は、早くお家へお帰りなさい」
と、にこやかに送り出してくれた。



学校からの帰り道が、ブログの5月7日に書いた『白鳥』の記事になる。



あのとき、Uターンした道路の先に、学校へ報告しに行った事業所があった。


今は、その事業所へと通勤するために、地震の時に通って来た道を背にして、新しい道を走っていく。



いまでも、この不思議な巡り合わせに、笑いながら、交差点を曲がっていくときがある。





終わったと思っていても、いつもそこには始まりが起きているんだなあ。(笑)