小1の息子、マイクラの話ばかりで学校の話を全くしません。
嫌がらずに行っているけど、学校生活は多少なりともストレスはあるだろうし何かこっそりと抱えていないかとふと不安になりました。
そこで、夜寝る前に「学校どう?楽しい?」と聞いてみました。
「うん、楽しい!!!!」と、ふふっと何か思い出したように答え、暗闇でも満面の笑みなのが伝わってきました。
ホッと安心して、「何が楽しい?授業?お友達と遊ぶこと?」とさらに聞きました。すると、
「ごはんをよそうこと!」
・・・給食当番でごはん係らしいです。いや、ごはん盛り付けのどこで思い出し笑いして満面の笑みになったんや、、、
安定のハッピー野郎で、今夜も爆笑しながら眠りにつきました。どうかこのまま、ごはんをよそうだけでハッピーになれる人生が続きますように。
明日より、我が家のごはんをよそう権限すべてを、息子に譲ります!
パニック発作のお話、続きです。
⑤悪化していくパニックの症状
産院での先生からの言葉をきっかけに、今抱えている不安や恐怖に対し、「薬は飲めないんだ」「耐えるしかない」という思考になり、妊娠自体が逃げ場のない恐怖のように感じ始めました。以前にも増して頻繁に襲ってくる息苦しさにおかしくなりそうで、自分が自分じゃなくなるような感覚になんとか我を保つことだけを考える日が続きました。
息子の送り迎えが出来なくなり、料理を含む家事がほぼ出来なくなりました。
このあたりから、「パニック障害」「不安障害」などと頻繁に検索し始め、自分の症状はこれらの病気だと確信し始めました。
まず、発作の際の過呼吸と妊娠中の食後の息苦しさの区別がつかず、食後に息苦しくなると不安に陥り発作が出るので食事がとれなくなりました。緊張からか常に喉の詰まり感があって、お肉やイカや粘り気のあるものを食べるとうまく飲み込めず窒息して死ぬのではないかとそれらの食材を前にすると動悸がするようになりました。そして、閉塞感のある場所や状況が怖くてたまらなくなりました。電車や新幹線に乗る状況を想像しただけで息苦しくなり、その頃潜水艦の事故で圧死してしまったニュースがよく取り上げられていて少しでも耳に入っただけで動悸がとまらなくまりました。そこから「宇宙」「戦争」「地球温暖化」などのワードだけでも不安感が強く現れて、過呼吸や頭がぎゅーっと絞られるような感じになり、大好きだったSFものの映画や本はもちろん全てダメになってしまいました。毎朝息子と見ていた朝のテレビ小説「らんまん」も関東大震災の場面から見られなくなりました。バラエティ番組を見ても不穏なワードが少しでも現れただけでダメで、自然いっぱいの癒しの映像や旅番組でも自然の脅威に不安や恐怖を感じ、テレビは一切見られなくなりました。
次に、音にかなり敏感になりました。昼の蝉の鳴き声、夜の鈴虫の鳴き声、エアコンの音、家族の寝息、とにかく全ての音に過剰に反応してしまい、眠ることが出来なくなりました。少し眠れても少しの物音や悪夢で飛び起きて、起きると動悸で滝のような汗をかいていて30分以上続けて眠れませんでした。そして寝ている間に歯を食いしばっているのか起きると必ず耳が詰まっていて自分の呼吸音が聞こえ、起きるたびにホットタオルで首を温め、ストレッチをして過ごしました。布団、ソファ、ベッド、寝場所を変えてもどこでも眠れず、夜中の鈴虫の鳴き声に発狂しそうで「大丈夫、大丈夫、大丈夫」と呟きながら胸をさすって遠くの明かりを見つめていました。一生分の不安と恐怖が一気に押し寄せてきたような感覚で、涙が止まらなく常に怯えて過ごしていました。出来ることがどんどん少なくなり、私の世界は、そこらじゅうに「不安」という地雷が散りばめられた全くの別世界になっていきました。
⑥やっかいな性格
この頃、まわりにはとても心配をかけました。母に息子の送り迎えを頼み、保育園から帰ってきたら夜まで預かってもらっていました。義母は私の様子をとても心配してくれ、毎日のように栄養バランスの良いおかずを何品も作って持ってきてくれました。頼れる家族が近くにいて、こんなにサポートしてくれて、とても恵まれているはずなのになぜこんな状態になってしまったのか、はやく元に戻らなくては、、、。発作を起こして苦しくなったらお腹の子まで苦しくなってしまう、思えば思うほどドツボにハマりました。人に迷惑をかけるのが苦手でとても申し訳なく思ってしまう性格、自己肯定感が低く自分を責めてしまいがちな性格、とにかく全てが作用してこうなってしまったのだと思います。まわりの家族、息子やお腹の中の子に対して心の中で常に謝り続けていました。
共感性が高すぎて、温暖化で海水の温度が上昇して稚魚が育たないというネットニュースが目に入り、稚魚の気持ちになり発作がでかけた時には背中をさすってくれる旦那の目に全力の「なんでやねん」を感じました、、、
余談ですが、頭が重すぎて辛くて工作用のハサミで長かった髪の毛をバツバツっと自分で切っておかっぱ頭になってしまったのは、今ではちゃんと笑い話にできています。
次回、餅は餅屋に!
行政やまわりの力を借りてどん底から少しずつ這い上がっていきます。少しずつ明るいブログに戻っていきます!