まさか、こんなにたくさんの方に来ていただけるとは。
昨日(2023年5月27日[土])、池袋Hoteyesにて、妻が主催者を務めるイベント「ばめんかんもくカフェ」が開催された。
たしか、この話が動き出したのは、妻と一緒に東京に移り住んできて間もない頃だったように思う。
まずは精神疾患の妻が安定した生活を送れるようになることや、仕事に就いて働くことができるようになることを支えていきたいと、僕は、そう思っていた。
でも、妻の思考回路は、ちょっと違った。
せっかく東京に来たんだから、「ばめんかんもくカフェ」をやりたい!
そんな気持ちになっていた。
毎日健康的な生活をすることができていることや、きちんと生活するためのお金を稼ぐことができているということは、自己実現のための基盤になっていると、僕はそう思っている。
今でこそ、僕は、自分のライフワークとして教員の仕事をしているけれども、そこに至るまでには、何度も自己実現が叶わずにきた。
最初は、生活のためのお金を稼ぐために教員をしていた。
大学生の頃は、将来、音楽家としてやっていきたいと思っていた。
でも、それは叶わなかった。
それには、お金の問題が大きかった。
音楽でやっていくためには、それだけで生計を立てるだけの収入が必要だ。
でも、自分には音楽だけで生計を立てられるようになるほどの実力はなかった。
大学院に進学してからは、研究者の道を目指した。
でも、それも叶わなかった。
それも、結局、お金の問題が大きかった。
当時は、専門学校の講師をしていたが、それだけでは生計を立てることができなかった。
それで、ひとまず、自分で生計を立てられるようにということで、教員になった。
思えば、当時の自分は、それに納得していなかった。
生計を立てるとかなんとかより、社会を変革することこそが云々…そんなことを考えていた。
だから、当時の自分の心情を思えば、妻の感覚は分からなくはない。
でも、一度、教員を辞めて、何もできなくなってしまったとき、僕は思った。
まずは、自分で生計を立てられるようにならないと、その先はないと。
だから、半年間の何もできなかった時期を経て教員として再スタートを切ったときは、社会を変革すること云々よりも、まずは生計を立てること、そう思って教員として働き始めた。
今では、教員としてのアイデンティティが自分を構成する要素として大きな位置を占めるようになっており、教員をすることをただの生計を立てるための手段だとは思っていない。
でも、教員として給料をもらいながら働くということは、間違いなく、生活を成り立たせるための一つの重要な要素だ。
そして、その基盤の上に、自己実現は成り立っている。
いや、正確に言えば、まだ自己実現は成り立っておらず、その基盤の上に自己実現を成り立たせようとしているということになるだろう。
結局、途中で頓挫した音楽家の道も、研究者の道も、実現していないのだから。
こんな、自分の自己実現がことごとく頓挫してきた僕だから、そして、それを実現するために、なんとか生活の基盤を築いてきた僕だから、生活の基盤を築くことをひとっ飛びに飛び越えて自己実現をしようとする妻の発想に疑問を抱かずにはいられなかった。
なのに、妻は、すぐにでも実現したいと言わんばかりの勢いだった。
それで、僕は、誰とやるのか、それができる場所はあるのか、かかるお金はどうするのか、そういう段取りをきちんと立てて、実現しよう、そして、そのために、まずは自分の生活の基盤を整えようと、そんな話をした。
あのとき、僕が妻に話したことが、どれくらい伝わっていたのかは分からない。
妻は、だいぶ不満そうだった。
イベントの中で、「数々の離婚危機を乗り越えて今日のイベントがある」という話をしたけれど、それは冗談ではなく本当にそうだった。
そんな中で、僕が見つけた一つの道が、自分の自己実現を妻の自己実現の中に乗っけるという道だった。
ある日、そのアイデアは、突然降ってきた。
せっかくなら、「ばめんかんもくカフェ」で歌おうかな。
たしか、朝のシャワーからあがった第一声だったと思う。
朝のシャワーの時間は、僕にとって大切な一人の時間だ。
この時間があるから、自分が結婚生活の中にあっても、自分の思考をすることができる。
あまりはっきりとは覚えていないけれど、たぶん、そのときの朝のシャワーのときに、ここで書いたようなことを考えたのだと思う。
僕は自分の自己実現を諦めて生活の基盤を築いているのに、妻が生活の基盤を築こうとせずに自分の自己実現を果たそうとしているのはどうなのかと。
でも、きっと、そのときの自分は、そこで止まらなかった。
そこからさらにこう思ったのだ。
でも、妻がそうでしかいられないのだとしたら、妻の自己実現に僕の自己実現を乗っければいいのではないかと。
むしろ、僕の自己実現は、僕一人では叶うものではなく、妻の自己実現に乗っけることで叶うのかもしれない。
そんなことを考えたのだと思う。
そこで思い浮かんだのが、「ばめんかんもくカフェ」で歌うということだった。
僕は、「すべての人にとってしんどくない社会の実現」を最終目標として学習コミュニティの運営をしている。
きっと、妻と僕は、同じ方向を目指している。
「ばめんかんもくカフェ」の準備を進めていく中で、僕は、そんなことを感じた。
「ばめんかんもくカフェ」は、大人の場面緘黙当事者経験者の働ける場作りの一環としての活動だった。
この思いには、大いに共感した。
僕も、自分で生計を立てていけるようになるまでの道が長かった。
今でも、完全にやっていけるようになったと言えるのかは分からない。(もしかしたら、いつ何時に何があるか分からないと思えば、誰にとっても、完全にやっていけるようになったと言えるような日は来ないのかもしれない。)
だから、誰もがありたい自分でいられること、そして、自分としてのアイデンティティと誇りを持って働き生きてゆけること、それは、本当に大切なことだと思うし、是非、それを実現するために力になりたいと思った。
「ばめんかんもくカフェ」開催の準備の中で、僕が手伝うことになった部分も多く、その意味では大変だったのだけれども、きっと、この根本的な理念の部分への共感があったからこそ、一緒につくっていくことができたのだと思う。
社会に出て働きたいと思うから
かんもくカフェ Hoteyes 来たのさ
「かんもくカフェのうた」
「ばめんかんもくカフェ」を開いた妻と僕の思いは、「かんもくカフェのうた」のこの一節に込められている。
僕は、そう思っている。
この歌詞は、妻と一緒にどこかから帰るときの帰り道に一緒に歩きながら考えた歌詞だった。
今回の「ばめんかんもくカフェ」開催のうちには、場面緘黙当事者・経験者のスタッフの方々が、社会に一歩踏み出すきっかけになってほしいという思いがあった。
思っていたよりも、ずっとずっとたくさんの方が来てくださったことでスタッフの方々の負担が大きかったのではないかということや、それによって休憩をとるタイミングが難しくてモヤモヤさせてしまったのではないかということなど、主催者側としての課題はたくさんあり、今後、そういった課題と向き合っていかなければならないと思っている。
けれども、それでも、今回の「ばめんかんもくカフェ」が、スタッフの方々にとって、社会に一歩踏み出すための何か一つのきっかけになったらいいなと、心より思う。
そして、最後にもう一つ。
社会に出て働きたいと思うから
かんもくカフェ Hoteyes 来たのさ
「かんもくカフェのうた」
この歌詞は、きっと、妻と僕にも向けられているように思う。
僕は、妻に対して、まずは自分が働くということを目指してほしいと思っていた。
少しずつでいいから、働けるようになってほしいと、ずっと思ってきた。
だから、「ばめんかんもくカフェ」をやっている場合じゃないと思ったこともあった。
でも、そういうことではないのだ。
きっと、妻にとって、給料をもらって仕事をすることができない現状にあることと、「ばめんかんもくカフェ」を開催せずにはいられないことは、つながっているのだと思う。
妻は、給料をもらって仕事をするということができないからこそ、そんな自分にもできる何かをしようとせずにはいられなかったのだ。
今は、そんなふうに思う。
きっと、社会に出て働きたいと思うから、かんもくカフェ Hoteyes を開いたんだよね。
そして、それは僕にしたってそうなんだろうなと思う。
僕は、ずっと、自分は結婚せずに一生独身で過ごす人生だと思っていた。
でも、同時に、それで良いのだろうかとも感じていた。
結婚するというのは、ある意味、一つの社会進出だと、僕は思う。
結婚すると、物事の優先順位が変わったり、それに伴って生活スタイルが変わったりと、新しい社会に入っていくことになる。
たしかに、そこから家庭に閉じ篭もることになれば社会進出を阻むものにもなり得るのだけれども、自分の世界から相手のいる世界へという移行があるという意味では、結婚は一つの社会進出だと思うのだ。
きっと、昔の僕は、その社会進出から逃げていた。
そんな僕が、社会で生きていく難しさやしんどさを抱える妻と結婚した。
僕にとっての結婚という社会進出の一番のハードルは、自分の優先順位をことごとく覆さなければいけないことだった。
僕は、結婚して、一度は、仕事も健康も自己実現も失った。
そのことがしんどいと思ったこともあった。
でも、きっと、これは、僕にとっての一つの社会進出の挑戦なんだ。
今は、そう思う。
新しい仕事や自己実現のスタイルを見つけて、健やかに生きていくこと。
それを模索していきたい。
きっと、僕も、結婚という社会進出を果たしたいと思うから、かんもくカフェ Hoteyes を一緒につくっていったんだと、そう思う。
結婚一周年、おめでとう、ありがとう。
これからも、どうぞよろしく。