$架空書房紙魚の棚置-御婦人と猫
拙筆「猫と婦人(足助縁起絵巻上断簡)」(水彩紙・顔彩)
前回出てきた犬の話
中世の犬
犬と犬神人
に添える為にも日本の中世の猫の話を。
今は猫は放し飼いが極めて多い。
しかし中世では、どうなのだろう?
(犬は絵巻物でよく見られるが、放飼いが多い)

六八六 宰相中将の乳母が飼い猫の事
保元の比(1135-41)、宰相中将なりけるひとの乳母、
猫をかひけり。其の猫たかさ一尺(約30センチか)、
力のつよくて縄をきりければ、
つなぐこともなくてはなち飼けり。


日本古典文学大系84 古今著聞集 岩波書店 1966


()と傍線は私が補った。
傍線を拙訳
「力の強い猫なので縄を切ってしまうから
放し飼いにしていた」
中世では猫は普通、紐(縄)で結ばれていたのだ。
 しかし近世には猫は紐から解き離されていたのである。
紐から解き放たれた事を、江戸初期の文学である御伽草子
「猫のさうし」を史料として扱い、その理由まで考察したのが
黒田日出男氏の「歴史としての御伽草子」である。
 古今著聞集等の説話集、御伽草子などのテキストにも、
歴史の断片が詰まっている。
歴史家という色眼鏡で目を向けると違った面白さ…
豊かな歴史の一面を教えてくれる。
黒田氏の史料批判(史料検討)の過程は本で堪能された方が
有意義であると思うので、ここで筆を置く。
この本は御伽草子と、その挿絵を、
史料として扱う方法を示された。
 他にも鬼と異国、外交の意識など、興味深い論が
多数載せられている論文集である。
歴史としての御伽草子
黒田 日出男
ぺりかん社
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25日深夜のバスで東京に向かい、26日から昨日まで
三泊四日で東京旅行をしていました。
こんな長い旅は日本では初めてです。

今日、月曜日が一番ハードな事もあり
(一限目から三限まで大学、
其の後電車に飛び乗り22時までバイト)
日記の更新も儘ならない状態。
詳細な日記(どこを廻ったか、何があったか等)は
手控えには書いてあるので、いつでも公開用に書き換えれるので
後々公開して行く積りです。

今回の旅行で多くの人にお世話になったので、
一人ずつメールや手紙等でお礼状を送りたいのですが、
恐ろしい事に今週も発表と何件かのレポートが重なった事もあり、
中々きちんとした文章ですぐには一人ずつに書けないので
間に合わせな(急ごしらえ)ものですが、
ここに認めておきます。

今回の旅行で会った方々、その水先案内人の旧友…
様々な人々のお陰で、
刺激的で、
これからの研究の励みになる出来事ばかりでした。
このような収穫の多い旅行も珍しいものです。
本当にありがとうございました。
皆様の御健闘祈りつつ、
短いものながら私は筆を置かさせてもらいます。

八束文言 氏拝
$架空書房紙魚の棚置-200911241745000.jpg
(Docomo N02-A)
次の記事の挿絵の為に絵を描いている。
一応「火事」の歴史性についてというのが
記事の内容なんだけれど…
絵の方は細かいので中々完成しない。

そういえば
絵を描くという事が中世人にとって、
どんな事であったか、ということが
最近の私の興味である。
絵師による記録というのは
狩野派以降でないと中々出てこない…

狩野派の凄い所は、如何に自分達が正統的であるかを示そうと
書籍の執筆活動にあるのでは?と私は思っている。
(例、本朝画史、古画備考等)

絵を模写をするという行為も、色々興味深い。
この絵を模写する行為というのは時々日記に見られる。

(応永十四年九月)二日
一、(藤原)孝継朝臣来、妙音天拝見、殊勝之由、此本尊絵ハ西園寺妙音堂秘本也、
而今川入道(貞世○了俊)写置之、其ヲ故(藤原)孝重三位写之本ヲ、
孝継朝臣出之間、絵所土佐将監行広写書之、可秘蔵者也(…)

山科教言 史料纂集『教言卿記』第二 八木書店


拙訳:藤原孝継が来て、妙音天の図像を拝見する。
心打たれている様子。此本尊の絵は西園寺妙音堂の秘蔵の絵である。
そして、今川了俊が妙音天図を横に置き、描き写し、
その(今川了俊が写した)絵を、故藤原孝重が写し、
孝継から借りている間、教言が絵所土佐行広に之を写させる。
この絵は秘蔵すべきものである。(…))

(原図西園寺家の絵―今川了俊が模写→藤原孝重が模写→
山科教言が土佐光広に命じて模写。)

こういう模写の目的を、ただの画像の保存という視点でなく
政治的な意図や、利益を巡る争いの点で
論じれないものか、と少し考えている。