
諏訪に赴いたなら、是非とも伺いたかったところ。上社本宮へ向かう途中にある、“神長官守矢資料館”です。
神長官守矢氏。諏訪の地において、縄文時代のころから信仰されているのではとされる、ミシャグジ神とソソウ神を祀り続けてきた一族です。資料館は、神長官邸屋敷跡にあります。
守矢氏は、鹿の首75頭分を供える御頭祭や御謝山祭、先にも上げた御室神事など、奇祭や秘儀に携わってきたとされます。
出雲から逃れてきた健御名方命とは、諏訪の地を巡り、支配権を掛けて戦ったとされていて、激闘の末、健御名方命に負けてしまったのですが、追い出されることもなく、神長官という役職を勤めてきたのです。
ちなみに、健御名方命の一族は、諏訪氏となって、大祝(おおほうり)と呼ばれる現人神(生き神)として存在してきました。しかし、実際に神事を取り仕切ってきたのは、神長官をはじめとする、五官祝だったのだそうです。
いただいたパンフレット。

入り口は、一般のお家のよう。



門を潜ってすぐの左側に祈祷殿があります。


門を潜りますと、右手に資料館が見えてきます。この建物は、茅野市出身の建築家・藤森照信氏が手掛けた最初の建物だとか。軒を突き抜けてしまった柱がまるで角のようです。

入館料は大人100円です。中に入ると、すぐに温頭祭にまつわる資料が展示されています。

なんといっても、これ。インパクト大。鹿の首…だけでなく、熊や猪の首も。さながら、もののけ姫の古代の神々の末裔のよう。

耳裂鹿。

御頭祭の復元展示は、江戸中期に菅江真澄氏が日本各地を巡って、珍しいものを書き留めた中に、スケッチされていたものがあり、それを基にしているそうです。突き刺さってますね………。



シャーマニックですよ。


神長官守矢氏は、とてもシンプルに表現すると、シャーマンだったと思います。
諏訪の自然…山、大地、水、木々と深く繋がっていたから神の力として上げることができたし、宇宙の知恵を降ろすこともできていたでしょう。天と地、その間にいて、パイプのようにエネルギーを循環させるのがシャーマンの役割です。“柱”のように、立って。
守矢一族が司ってきた神事や祭祀の奥深さを知る術は、もはや、ありませんが。
ただ、動物を供える、御頭祭や蛙狩神事などをどのように捉えるかは、それぞれに委ねられているものだと感じています。
確かに“贄”ではあったでしょうが。
一概に、残虐的な行為だと決めつけてしまうのは違うと、私は思っています。とはいえ、自分がやれと言われたら、嫌ですけどね。
それによって、生き延びるために……助かったなにか、救われたなにか、変わったなにかは、あったでしょうから。
南のあたたかな地域であったら、このような文化は生まれなかったかもしれないですしね。
自然だけでなく、人とも共生を図るために、必要だった経緯もあるのではないかな~。
神長官守矢資料館については、まだ、続きます❤️