とりあえず今日もちょっぱやで走り書きー!
現地1回、ディズニープラス1回の私個人の受けとめ方です
ゆづが込めたものやゆづの想いとは全然違った解釈かもしれないし、まったく見当違いな受けとめ方をしているかもしれないので、そこは前提で読んでね!
ゆづと風との対話を聞いていると、やはり風は導きの声…神様の声…運命の声…ゆづの心に聞こえた導の声のようなものかなぁと感じました
そのまま進んでおいで、君の夢は叶うよ
そこから光が結集して(めちゃきれい!)バラ1になるということは、これが平昌五輪かなぁと思いました
そして、気づいたんだけれどね、平昌五輪まではゆづは対話しているのは風かな?と
後半は、対話の相手が自分っていうか…自己対話になる
再び風が出てくるのは最後の最後に近いところなんだよね
そう考えると、やはり平昌五輪を境にゆづの置かれた環境や心境は変わっていき、内面世界の深みに生きていくことになるのかなと
でも、最後に風が登場することは、ゆづの世界が変わった…変わりつつあることを示唆しているのかなと感じました
平昌五輪まで感じていた風を、その後感じなくなり、また最近感じ始めたのかな?とか、想像した
バラ1の後、水に沈みゆくゆづ
夢は叶って嬉しいはずなのに、対比するような映像は、平昌五輪後の数年間を表しているのかなと思いました
ここで入るゆづの声
(これは“夢”というもう一人の自分の声かな?)
君の夢が叶うのは、誰かのおかげじゃない
ずっと君が、今の君を選んできたんだよ
私これ、結構印象的な言葉だったんだよね
GIFTに2度くらいかな?(記憶がうろだけど)出てきたよね?
少し刺さったというか…ああ…そうだよね…と思ったというか…
確かにそうなんだよね
ゆづの夢が叶うのは、誰のおかげでもなく、ゆづ自身の道のもの
だから、応援してくれる人の想いがあったからとか、支えてくれる人たちの尽力があったからとか、そういう言葉にはならないよねって
それを夢を達成した時に思うんだなと思って
なんかちょっと…こういうところにもリアリストなゆづを感じたというか…すごく現実的な言葉だなと思いました
これがきっと本音なんだろうなと
菊池寛賞のコメントでも言っていたけれど、ゆづの人生は2択の連続だったと
だから、その時違う道を選んでいたら、選択していたら、この今の夢は叶わなかったということを言いたかったのかな
平昌五輪で連覇が叶って、それを達成できたのは、幼い頃から選び続けてきた日々があったからということ
友だちと遊べなくて、一人になっていったとしても、大好きな野球をやれなくても、いろんなものと引き換えにしても、自分の選択は夢が叶うことに続いていたんだよという思いかな
ほら、嬉し涙が出るね
その涙が出たのはなぜ?その涙を辿っておいで、探しておいで、その涙がどこから来たのかを
これは平昌五輪での涙ということかな
その涙の起源を辿るために、ゆづは2018年以降もスケート競技を続けた…
幼い頃の自分の夢を叶えてあげたいと4Aを掲げ、自分を辿ろうとしていたのかな
スクリーンには幼少期からの成長を描いたアニメーションが流れて
Otoñalが流れる
Otoñalはアルバムを開くような意味が込められた振付けだったよね
過去を振り返るという意味が込められていると同時に、なんだか私には2018年、2019年の苦しい時期を暗示しているようにも感じられて…
また、ここで語られるゆづの声色っていうのかな…静かな声が、まるで悲しみを内包しているようでもあり、声に色がなくて…虚無感のようなものを漂わせていて…声がしんでいるようにも感じられるの
たくさん戦ってきたよね
たくさん嫌なことしてきたよね
たくさん我慢したよね
たくさん悔しくて泣いたよね
全部君が選んできた日々
幼い頃からの日々…
幼い頃からの日々…
こうして言葉にされるとあらためて重くて…
そして、たくさん戦ってきたことも、たくさん嫌なことをしてきたことも、たくさん我慢したことも、たくさん悔しくて泣いたことも…
『全部君が選んだ日々』なんだと、その全責任を自分に与えているようで…
平昌五輪での涙は、嬉し涙だったはずだけれど、同時にこんなふうに過去の代償や苦しみをも実感したからこそのものなのかなとも思うんだよね
平昌五輪での涙は、嬉し涙だったはずだけれど、同時にこんなふうに過去の代償や苦しみをも実感したからこそのものなのかなとも思うんだよね
私は、今でも鮮明に覚えているけれど、ゆづが報道ステーションで修造さんとインタビューをしている時に、「幸せを掴みました」と言ったじゃん
私は…その時に、ゆづが引き換えにしてきたもの、代償にしてきたものの大きさをその言葉に感じて泣きそうになったんだよね
切なすぎたというか…胸が締めつけられた
純粋に幸せそうに見えないというか…どこか寂しそうで、ゆづは連覇を果たして確かに幸せなんだろうけれど、その表情と言葉と声色に、彼が手放してきたものの大きさを感じたの
でもその選択をしてきたのは、自分自身なんだと、『全部君が選んだ日々』なんだと、あらためてこの言葉に実感して…
でもやっぱり今回もどこか寂しさを感じる言葉だよ
これはいつの傷だろう?
ちゃんとかさぶたになってる
でも…治ってない
いつの傷か思い出せないくらいに心も体も傷だらけということよね
なんかもう記事書いてたら泣いちゃうの(;_;)(;_;)(;_;)
治ってないなんて…まだ痛むんだよね
ずっと待ってたんだよね
大丈夫、もう叶ったよ
あなたのおかげで、強くなったんだ
治っていいよ
ありがとうね
ずっと待ってたというのは、平昌五輪連覇のことかな
ずっと待ってたというのは、平昌五輪連覇のことかな
夢はもう叶ったから、傷さん、治っていいよって、僕は強くなったよって、ありがとうねって言ってるのかな
傷はまだ頑張ろうとしているのをゆづは感じてたってことよね
痛むのに、また傷口は開くのに、酷くなるのに、精一杯頑張ろうとし続ける傷に…
だからこそゆづは『大丈夫』って言うんだよね
あなただなんて…傷にも擬人化をするの(;_;)
すべてこの時のために、この瞬間のために、この僕のために、頑張ってきた
選んできた
でも、もう少し跳べるよ
もう少し、頑張りたいんだ
今まで選んだ日々には、草も花も、太陽も月も命たちも、星の光たちも、たくさん一緒にいたから、もう少しみんなといたい
今まで選んだ日々には、草も花も、太陽も月も命たちも、星の光たちも、たくさん一緒にいたから、もう少しみんなといたい
一緒にいたいんだ
願いが叶うなら、もう少しみんなと跳びたい
願いが叶うなら、もう少しみんなと跳びたい
もう少し、もう少し
これは平昌五輪時の思い、そしてそれ以降の数年間のゆづの思いかな
そういう気持ちで競技を続けてくれ、2022年まで披露し続けてくれた
心も体もボロボロになるほどに傷ついて、自問自答と葛藤と失望と絶望の繰り返しで、苦しみに苦しんだ数年間だったけれど
それもまた『全部君が選んだ日々』なんだろうな
もうこの言葉…重いわ(;_;)(;_;)
確かにそうなんだけど、かかってる曲がOtoñalだし、なんとも言えない感覚になり、胸が締めつけられる
でも、声色がだんだん変わってくるんだよね
声に抑揚がついて、感情が伝わってくる
ゆづの声が生き返ってくる
と、思ってたら
スクリーンには日付けが
最初、あっけにとられる感じで一瞬理解ができなかったんだけれど、日付けがバーーッと進み出して予感が走った
今日(2.26)の日付けになって、
え…
え…ほんとに…?
思考が働く前に、白ジャス姿のゆづが見えて
すべてを理解して
もう当時の細かい感情の変化などは覚えてないけれど、肝がギュッと縮こまったのは覚えてる
震えたんだよ
え…
ここでロンカプやる…!?って
ここなの!?って
確かに私はロンカプが見たかったけれどね
たくさんの観客の前で、煌々とした明かりの中で、競技用サイズのリンクで、ゆづにロンカプを滑って欲しいなと
大歓声に包まれて欲しいなと
望んでいたし、ブログにも書いたけれど…
ここじゃなくてもよくなーーーーーい!?って
なんで今!?ヽ(;▽;)ノ
なんでこんなにも舞台が揃いまくった最強で最恐のシチュエーションでやるの!?
こんな怖いことない
これ以上に恐ろしいことないよ
ゆづにとってこんなにプレッシャーがかかって怖いことないんじゃないかなって
だって、単なる演技披露じゃない
過去を伴って演技するわけだから
北京五輪でのSPという過去があって、それを伴っての演技
それは、ゆづだけの心にあるものじゃないよね
応援している人、あのSPを見ていた人、記憶にある人すべての心を伴っているんだから
過去が乗っかるんだよ
そんな重いもの…ここでやるの…?って震えた
ゆづはやると思ってたよ
いつかはロンカプやってくれると思ってた
でも、
ここどこだかわかってますか!?ヽ(;▽;)ノって
東京ドーム!
にはものすごい数の人が入ってる
満員です!パンッパンです!
ライビュも世界配信もされてる
膨大な数の人がリアタイで見ている
見つめている
ここでやるの?って
もっと人が少ないところ…アイスショーとか、もっと他にあるのに…って…
思ったけどね
一瞬思ったけれど、
瞬間的に、これがゆづだなと思い知ったんだよ
ああ…ここでやるのがゆづらしいなと
こういう人だなって
こういう人だったなって
そうだよねって、この舞台ほど最強のものはないじゃんねって
逃げないし、厳しい舞台を自ら作って、そこに自分を置く、挑んでいくのが今のゆづだよねって
でも見ているこっちが怖くて(;_;)
試合を思い出す…いや完全にそれ以上の緊張と固唾を呑み込む感覚で
6練は、応援する気持ちと祈りで見ていました
ジャンプを跳ぶたびに祈るし、でもかなり冷静に見ていたな
静と動が行ったり来たりみたいな感覚
すごく静かに見つめるんだけれど、
でもこの状況で北京と同じ失敗をしたら…何かジャンプが決まらなかったら…ノーミスできなかったら…
それこそどうしようもない傷になっちゃうんじゃないかとか、取り返しのつかないトラウマ級のものになるんじゃないかとか
ゆづどうなっちゃうのって想像して…
私、弱いからさ(;_;)
思考がそっちに引っ張られちゃって(;_;)ああ…そうだ試合を見に行ってもこんな感じだったなとか、私の思考グセだなとか思いながら見つめて
そういう想像をすると肝が縮こまって震えるんだよ
でももうこの時のゆづは次元が違ってたというか、
そんなところにはいない感じもしました
何もかも理解した上で、覚悟と共にそこにある感じがした
このロンカプは、ゆづの器のデカさを思い知った
この状況を作って自分でやるんだもん
大した人だなと心底思います
現地で見ている当時はまったく感じることはできなかったけれど、ディズニープラスで映像を見て、この時にかかってる曲すごくセンスがいいなぁと思いました!
過去の自分と戦うような…過去の記憶を呼び起こすような特徴的な音楽
ちょっと映画みたいなの
シリアスでもなくて、思いっきり戦闘みたいなのでもなくて、過去と現在の時空が入り混じったような近代的な曲調
こういう曲の演出もセンスが光っているなと思いました
ゆづ、緊張していたよね
よくわかったし、伝わってきました
6練が終わって
ゆづがスタートポジションについて
覚えているのは、両手を広げる冒頭
あとはもう4Sを祈るばかりで
入っていく時には祈りと怖い思いとが両方入り混じったようだったけれど、最高に美しい完璧4Sで
よし!って
やった!って
ホッとしたけど、まだまだこれから!
ジャンプはまだある!
演技は続く
一つひとつ祈るように見つめた現地
フィニッシュして
スタオベ!
緊張と安堵感と震えとで、当時は涙は出なかったの
でも、ディズプラで見て初めて涙が出たよ(;_;)(;_;)(;_;)
本当によくやったねって
すごいわ
たくさんの観客に見られて、歓声と拍手を浴びるゆづ
その光景が嬉しくてね
よかったなぁと思いました
最後の最後まで、ゆづは握った右手をほどかなかったよね
大切そうに…大事そうに、捌けるまで離さなかった
現地で見ていて印象的なシーンでした
この状況でのロンカプは、今後忘れられないだろうなぁと思います
とりあえず前半…!
続く…
…かな?^^;
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