清塚さんとゆづの話、清塚さんの演奏に涙が出るような番組だったけれど(何とか見られましたありがとう✲*゚番組については別記事に)

 

 

清塚さんのツイート…

 

「最後は、やはり自分ではなく自分以外の人のために作ること」



これって人間界の真理だよね



“最後は”なんだよ


途中、その道中、自分のためにという過程があってもいいの


それが人間だもん



でも、“最後は”、自分ではなく他者のために…自分以外の誰かのために…


そう生きられることが、幸福に結びつく



なんだか、清塚さんはゆづとの過程の中で、その道筋の中で、真理に触れたのかなと思いました



それによって見られた限界を超えた景色…


他者のためにと心魂を尽くす者だけが触れられる極致…



そこは、清塚さんの一つの到達地だったのかもしれないなと思います



 

ゆづも同じことを言っているよね


思いは巡る…


循環している…

 



 


『序奏とロンド・カプリチオーソ』も、そもそもサン=サーンスがサラサーテのために書き下ろしたもの

 


“誰かのために”…という思いが、時を超えて壮大な流れとなって巡っているなと感じます



そしてゆづが滑ることには、必ず意味がある



この思いの連鎖が、光の輪の広がりに繋がっていくんじゃないかというイメージさえ浮かびます


 

私たちもそのかけらにでもなれるように、ゆづにいいものが巡っていけるように、“誰かのために”をしっかり心において、思いを磨いて循環させたいなと思いました

 

 

 

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