これすごかった…!(自分用に矢野さんの言葉だけ引用させていただきます。全文はリンク先でどぞ)

 

「『SEIMEI』では、羽生君が『きっかけ音を欲しいけれど、息のような、楽器音じゃないものがいい』ということでした。『じゃあ、太鼓を叩く前にすぅーっと息を吸ってドンって叩く、みたいな感じかな』という話になり、最初は僕の息を録音して繋いだのです。そうしたら『1秒くらい長い方が良い』という話になり、『では結弦君のタイミングで始められるように、スマートフォンなどで録音したものを送ってくれたら』とお願いしたんです。3パターン送られてきて、『僕が選ぶなんて勇気いるなあ……』と思っていたら、すぐに羽生君から『やっぱり2番目にします』とメールがきて、ホッとしました(笑)」

「息の音があまり小さい音だと、海外の試合で単なるノイズだと思って切られてしまうかも知れません。それで、音楽の一部だと分かるようにリバーブ(残響)をかけて、もとの曲との一体化を意識しました」

「昔はこの冒頭の音に『ピッ』という機械音を入れる選手がいたんです。カタリナ・ビットのフラメンコにも『ピッ』という音がありました。1987年NHK杯の時に音響だった僕たちは、それがただの消し残しのノイズだと思って6mmテープを切って捨てて、頭から音楽が鳴るようにしたんです。それで公式練習をしたら、ビットのコーチが来て『きっかけの音はどうした!? あれがないと滑り出しができない!』と。『え、あれいるの!?』って、ゴミ箱からテープを拾ってくっつけ直しました(笑)。いい教訓でした。そういうこともあり『SEIMEI』の冒頭も、ノイズとは思われない工夫が必要だったんです」

 

「長年、選手たちの曲を聴いてきていて、ある持論があったんです。音楽に合わせて普段から練習していけば、試合になっても、いつものタイミングでうまくジャンプ出来るんじゃないか、と。しかし選手やコーチの話を聞くと『もし一歩間違えたり転んだりしたら、そのあと無理に音楽に合わせようとするとジャンプが崩れる』ということで、それも確かにそうだな……と。ただどこかで、音楽を突き詰めて、ストーリーを作って、それをプログラムとして実現させるというアプローチで作品を作ることが出来たらな、とは思っていたんです」

 

「羽生選手からの最初の依頼は2013年のフリー『ロミオとジュリエット』でした。ちょっとした繋ぎのノイズがあって、『集中してイヤホンで聞いてると、すごく気になる』ということでした。本当に小さなノイズなので、彼の耳の良さ、そしていかに真剣に聞き込んでいるかが分かりました。そして羽生君の演技を最初に見たときに、『すごい音に合わせている! やっぱり音を聞いて身体と合わせていることで、良い演技に繋がっていくんだ』と感じたのです」

 

「2015年5月の始めに『陰陽師でフリーを作りたい』という連絡がきました。彼の場合、歴史的な部分も色々と勉強して、これを演じたいという気持ちがしっかりと固まった上での依頼でした」

「バージョン1を制作したのが5月10日で、そこから6月20日まで33バージョンを彼に送りました。自分のなかでボツにしたものも含めると42バージョンあります。完全にオリジナルの作品として仕上げていくわけですから、絶対的な答えがあるわけではありません。龍笛の音ひとつとっても、引き伸ばし、音程も変え、テンポも合わせて、という作業で、一旦作ってみたものを翌朝聞いてみて『やっぱり直そう!』ということが何度もありました」

「全体の流れとしては、最初は太鼓でガーっと入っていってちょっと盛り上げて、そして、静かなパートがあって、だんだん最後に向かっていって盛り上げていく、というものになりました。彼の場合、音との調和がすごく出来る人なので、そういった緩急をしっかりと作りました」

「コレオシークエンスの所は『やっぱり、最後の太鼓の音をもうちょっと強く聞きたい、リズムが聞きたい』ということでした。太鼓に合いそうな音を探して、『ターンタタン、ターンタタン』と、一個一個貼り付けていきました。リズムがコンピューター音楽のように一定ではなく揺れているので、1つ1つ聞きながら合わせる作業が必要なのです。やっと出来上がったら『このコレオの部分、1秒縮めることは出来ますか?』とさらに依頼があって……、3日間かけて、太鼓の音を貼り付け直しました」

「イナバウアーのところは、『何か、金物系のバーンという音が欲しい』ということでしたので、チャイナシンバルというちょっと低い音を、加工してから乗せました。また、ステップシークエンスに入る前のところは『何か切り替えの隙間が欲しい』と羽生君が言い、シンバルの逆再生みたいなシャーッという印象的な音を入れました。それと同様にステップの最後には、チーンという音を入れました。繋ぎの音で芸術性を高めようという工夫は、多数ありました」

「もともとはピアノだけの静かなメロディでした。振付をしていくうちに、振付師のシェイ=リーン(・ボーン)が『このピアノと同じメロディが笛でもあるから、それを重ねてもらえたら』と。でも笛とピアノは、キーもテンポも違うので単純に重ねることは出来ず、ピアノをベースに敷いて、笛の音を1つ1つ作り、重ねたのです。この数秒だけで10日かかったと思います」

「後半のジャンプを跳ぶあたりのピアノの音に、羽生君のこだわりがありました。ターン、ターン、ターン、ダンッと始まっていく音色で『2つ目の音と3つ目の間がちょっと身体に合わなくて、3つ目をちょっと前にして、調整できますか』ということで、彼のスケーティングのリズムと音楽が一体化するよう、1個ずつ音を入れ直していきました」

 

「『SEIMEI』で羽生君は、僕が長年思ってきた<音楽との調和>という夢を実現してくれました。もちろん実現するためには、音楽を聞き込み、彼がものすごい練習を積んだのだと思います。2015年の長野・ビッグハット、300点超えの演技のときは音響担当でしたので彼が目の前で滑っていて、本当に興奮しました」

 


「連絡がきたのは20年の1月4日でした。ちょうど羽生君のプログラムを演奏するクラシックコンサートが予定されていて、その準備に追われている時期。すでに羽生君の頭の中では『ここはカットして、ここは早めて』という感じで出来上がっていました。最後のコレオシークエンスのところは、耳で聞いても分かるくらいテンポを早くしています。そしてエンディングの繰り返しも、最後の繰り返しをカットしました。このバージョンで四大陸選手権の優勝を飾る事が出来たのは、嬉しいことです」

 


「羽生君自身は、歴史的背景なども考えて曲を選んできているということですが、僕自身は『天と地と』と『新・平家物語』の2曲を聞いて、音楽的に合う部分をひろっていき1つの音楽として成立させる作業でした。今回感じたのは、羽生君は、自分の見せ方をすごく客観的に見られているということです。例えば動画を撮って、それを見ながら、『もっとこういう風にしないと』と細かい修正を重ね続けている。だからこそ、僕に『この部分にこんな音が欲しい』という的確な提案が出来るんだと思います。そして、音楽をよく聞き込んでいるからこそ、小さな音だけど音楽性の肝になるような音をしっかりと捉えて、それを手先や振付で表現している。それがピタっと音にハマる理由なんでしょう」

「そういう編集を、僕もずっと理想としてきていたのを、羽生君が実現させてくれたんです。アレンジメントや楽器選びは僕に任されますが、彼が望む方向性がしっかりとある。やはりコーチや振付師ではなく、選手本人のなかに具体的なイメージがあって直接会話ができると、とても作りやすいですし、その選手に合うものを作れると思います」


「もし羽生君が北京五輪で3連覇を目指すのであれば、やっぱり、全面的にバックアップしますし、それがもし成し遂げられたら、僕はもう思い残すことはない(笑)。彼のように、自分のプログラムの音楽を聞き込んで、何を表現したいか考え、それを成し遂げるために練習をするというアプローチがより広まって欲しい。これから続く子どもたちには、ただ与えられた曲、振り付けられた演技をするのではなく、自分自身が何を表現したいかを追求して欲しいという気持ちがあります。羽生君は後輩たちに向けても『選手本人が何を表現したいのかが一番重要』ということを、改めて感じさせてくれたと思っています」

 

 


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