テニスの大坂なおみ選手が
全米オープンで優勝
 
4大大会制覇
 
 
本当におめでとうございます!!
 
 
 
大坂選手というと平昌五輪時に
ゆづについてツイートをされていました
 
公式サイトより
 
 
 
これはショート後
 
 
そしてこれは金メダル獲得後
 
ユウユウかぁ(*^^*)
 
なんかかわいいw
 
 
 
そんな大坂選手を 
のぶくんも祝福!
 
大谷投手も!
 
 
私はこのニュースをネットで知ったのですが
祝福モードに包まれるかと思いきや…
目に入ってきたのは表彰式でのその姿でした
 
涙を流しながら…
謝る姿…
 
 
胸が張り裂けそうででした
 
 
世界トップのアスリートと言えども
まだ20歳の女の子
 
 
どんな気持ちでブーイングを浴び(※審判への)
どんな気持ちでそこに立ち…言葉を絞り出したのか
 
 
実力で掴みとった優勝
 
その覇者の
こんな切ない涙を私は見たことがない
 
 
救いは
セリーナが鎮めてくれたことでしょうか
 
この場をおさめることができたのは
彼女しかいなかったように思います
 
(見ていると、大坂選手のスピーチと涙とその姿にセリーナも心を打たれているように見えました。試合中どうであったにしろ、この場をおさめることは、ある意味彼女の役目だったのかもしれません。)
 
 
 
大坂選手 一問一答
私が印象的だったところを貼りますね
 
 

--S・ウィリアムズの抗議を見ていなかったというが、何を考えていたのか

 「観客はとても騒がしかったので、本当に何も聞こえてなかった。振り返ったときには、(第2セットで)ゲームカウントが5-3になっていたので、ちょっと混乱した。彼女は素晴らしいチャンピオンでどのポイントからも追いつくことを知っていたから、試合に集中しようとしていた」

 

--あなたにとってS・ウィリアムズは長い間のあこがれの存在。今日の試合の彼女の態度で変わったか

 「コートで何が起きたのかよく分からなかった。私は、自分の愛するセリーナの姿をいつも覚えている。そのことは何も変わらない。彼女はネット際や表彰式でも本当によくしてくれた」

 

--試合後、ネット際に歩いて行くときは、祝福ではなかったが

 「そのときはまだ現実のように感じられなかった。ネット際に近づいていくときは、普通の試合のように感じていた。ただ、ネットの反対側にセリーナがいるのを見て…。彼女が私をハグしてくれて、本当に最高だった(笑)」

 

--どうして表彰式で謝る必要があったのか

 「あなたの質問は、ちょっと感傷的になるわ(涙がこぼれ出す)。みんな知っているように、彼女は24回目となる四大大会の優勝が本当に欲しかった。私はコートに入った瞬間、違った人のようになったと感じていた。私はセリーナのファンではない。私はテニス選手と対戦するもう一人の選手だと。でも、ネット際で、彼女にハグをしてもらったときに…(再び涙があふれだし、言葉を詰まらせる)。とにかく、彼女にハグをしてもらったとき、私は、小さい子供に、また戻った気分になったの」

 

--幼いころは、S・ウィリアムズのポスターは部屋に飾ったりしていたのか

 「3年生のときには、彼女の(試合の)すべてのリポートを作っていた。色を塗ったりして。そして、『彼女のようになる』って言ってたわ(笑)」

 
 
対戦競技であるから憧れの人との試合は
フィギュアスケートとは違うかもしれない
 
難しいところもあるかもしれない
 
けれども彼女のコメントからは
トップアスリートとしての精神的な強さも感じますし、成熟した人としての心の深さも感じます
 
同時に
子どものようなキラキラした純粋さも
強く強く煌めいているような気がします
 
 
こういう両極…
または多面的な部分を持ち合わせていることが強さに結びついているのかな…
 
そんなことを思いました
 
 
 
そしてあらためて思うのは
“憧れの存在であり続ける”ということも
とてもとても難しいことなんだということ
 
そこにはお互いにしかわかり得ないものが通っているのだと思いますが
そう“あり続ける”ということもすごいことなんだと実感します
 
 
 
 
また大坂選手の一問一答で感じるのは
やはり“子どもの頃の自分”
 
彼女の中にも
確固としてあるんだなぁということ
 
大元の根幹にいて、
戦いを終えた彼女を祝福しているような…
感傷的になる彼女を慰めているような…
そんなイメージを持ちました
 
 
 
共通するところなんだろうか…
そういう“存在”
 
 
いくつになっても
どんなタイトルを獲っても
 
自分の中にいる存在
 
 
 
 
 
今の自分に対して『キビシー』だとか
 
その頃の自分に
嘘をついている気がするだとか…
 
抱いていた目標をかなえてあげるだとか…
 
 
子どもの頃の自分
小さい頃の憧れを抱いていた自分

が、
今現在の自分の中にいること
彼らに共通するところだなぁと思って見ていました
 
 
 
 

また大坂選手は2017年のインタビューで、これまでの人生でもっとも影響を受けた女性は?という質問に、迷わず「お母さん」と答えています

 

 

「お母さんはこれまでずっと頑張ってきて、私もずっとその姿を見てきました。だから私もお母さんが一息つけるよう、結果を出したいと思い続けてきました」

 

 

「お母さんは、私のためにたくさんの犠牲を払ってくれました。母は普段、あまり試合は見に来ないんです。だから私の試合を応援することは、母にとって本当に大きな意味があるんです」

 

 
 
 
夢を生きるで
彼が述べていたことを思い出しました 
 
-そういう苦悩や葛藤を乗り越える原動力は何ですか。越える度に立ちはだかる壁を乗り越えるパワーは。
 
極論を言うと、母親です。
 
 
-お母様はトロントで一緒に暮らし、支えてくれていますね。どんな存在ですか。
 
母は、人生の目的が、自分自身じゃなくなっているんです。その感覚を、プレッシャーと感じないのが家族のありがたさです。本当に色々と支えてもらっています。
 
 
-一人で戦っているのではないんですね。
 
ソチまでは、一人でやっている感覚でした。(涙がこぼれる)でも、振り返ると、一人でやって良かった試合がまったくないんです。
 
 
-自分の事を分かってくれる存在は心強いですね。
 
すごいですよね。いやぁ、インタビューで初めて泣きました。(笑)びっくりしました。
 
 
 
 
 
もしかするとお母様の想いは
同じかもしれない
 
 
バックグラウンドは当然違えど

ただひたすら我が子のために
ただひたすらその幸せのために
 
 
自分のことよりも
その子のために祈り、願い、尽くし
 
生きる
 
 
それは時に犠牲と見えるかもしれない
人生の目的が自分自身じゃなくなっていると見えるかもしれない
 
 
でも、
本望である
 
 
それは…なんとなく自分が母親になって
わかるようになりました
(もちろん彼女たちと私なんかとでは次元が違うでしょうけれど)
 
 
 
 
 
家族の支えに感謝し
その思いを胸に歩んでいるところも
ふたり重なってみえる瞬間でした
 
 
 
 
 
そして最近
個人的に思っていることがあるんですけど…
 
来週公開になる
映画『プーと大人になった僕』
 
これは、
大人になり仕事重視の生活を送るあまり
いつの間にか少年の心と想像力を失ってしまったクリストファーと
 
幼少期を共に過ごしたプーとの
再会の物語です
 
 
思うに
これは過去の自分との再会…
 
 
現在(いま)と過去との融け合い
 
 
そこからなにを気づき
これからにどう生かしていくのか
 
 
そういうメッセージ性を含んだ
作品であると思っています
 

この映画が
“いま”このタイミングで公開になることに
なんとなく意味を感じている自分がいます
 
 

私がゆづを好きだからかもしれない
 
そのゆづがプーを戦友と呼び
いつも一緒にいるからかもしれない
 
 
 
けれどもなんとなく…五輪連覇を果たし、
誰もが認める頂に上り詰めたように感じる彼が

その存在を大事にしていること
 
その想いを大事にしてあげていること
 
なにも大きなことじゃなくていい
平凡でありふれたことでもいい

大事なのは…
あの頃抱いていたキラキラしたもの

その想いやそんな自分


そういうものを問われているというか…
呼びかけられている…

呼び起こされているような気さえしてきます


『今のあなたは、あの頃なりたかった“あなた”ですか?』
 
 
 

タイミングや流れ…
目に触れること

すべて必然で
意味あることだと私は感じています
 

なんかね、
そんなことをここ最近ずっと思っていました
 
 

憧れの存在って
ただそれに憧れてやってきたってだけじゃなく
憧れて“どんな道を歩んできたか”
“なにを学んできたか”が大事なんだと思います


それが
“あの頃なりたかったあなた”に近づく道なのではないかと
 


大坂選手とゆづ
憧れの存在と自分
プーとあの頃のわたし

いろいろを思うにつけ…
こんな記事になってしまったw
 

読んでくださってありがとう☆
 


 
 
ポチッと…押してくださいますか?

↓↓↓


フィギュアスケートランキング


いつもありがとうございます✲*゚