ヴィンテージ1945(できればフランソワペルゴトリビュート)を終(つい)の時計にしようと思っていたので、完品優先で少々高いのは気にしないでおりましたが、高額を支払うのはロレックス時計以来で、本当に久しぶりです。
家族に見つかっては困るので、付属品は小さいに限るのですが、この時計のケースは今までに見たことがない大きいものでした。
18~19cm四方の箱で子供用のバレーボール位かな?そして重たいです。
中身は大きな木箱、冊子及び保証書になりますが、ロレックスやチュードル、オリエントスターなど近年新品で購入した説明書は冊子で納得いく大きさや厚さですが、ジラールペルゴはもはや本です。僕的には必要性を感じないものですが、それぞれの時計メーカーでいろんな付属品の質や大きさが異なるのも、なんとなく楽しみを覚えます。
購入し、着用をしてしばらくが経過しますが、いい時計です。
数日に一回の手調整がいらないという時計の「正確さ」、
手ごろ価格の自動巻きにあるパワーリザーブの少なさもなく、中一日フリーで置いておける「安心感」、
四角い時計というありがちさがない「型破り感」、
ロレックスやチュードルのような幅広く知られている時計メーカーではない「オタク感」、
満足しております(^^
ゆえに終(つい)の時計として購入をしてよかったなとは思っているのですが、終の時計で自分が収まらないという心配が少しあります。これはヴィンテージ1945限定モデルがつまらない時計というものではありません。
オリエントスターを調べていくと、新作のモデルが欲しいなと感じたり、KNISやルノータス、モノセロスといったまず時計好きでも知りもしない時計メーカーの時計が欲しいと感じたり、自分の欲深さを痛感します。
普通の人の感覚ではないのでなかなか分かってもらえないものではありますが、多分”終わる気がしない”と最近は悟りを感じます。今は資金が枯渇しており、購入で悩むことはできない環境であるため欲しがらない事を続けられます(^^;
いつまで保てるのか?今年いっぱい追加で時計購入がなければ、僕の意志もなかなか捨てたもんじゃないゾって思っちゃったり…(^^;