過去記事再貼り…CR機創成期~第二章
.
三部作で構成してある内の第二章です。
第一章で出題してあったクイズの正解発表もあります。
どうぞご覧あれ
( ・∀・)つ
□■□■□■□■□■□
.
第1章から
随分と
時間が経ってしまいました
アセ
あまりに昔過ぎて
何を書こうとしたのか
忘れてしまい
何度も
『第1章』
を 読み直した
○ーパーラッキー☆です。
↑↑↑
(ナゼニ伏せ字なの?)
こんばんは
('◇')ゞ
前回までの
あらすじは
CR機が生まれて
市場に
出始めた頃までの
お話でしたね。
当時(91年~93年)は
連チャン機で
店側も
客側も
アツくなっていた時代。
大当たり終了後
点灯している保留で
再び
大当たりが発生する
“保留玉連チャン機”
保留をスルーしても
数回転回すと
また 当たってしまう
“数珠つなぎ連チャン機”
この
システムの違う
2大連チャン機が
市場をシメていた
時代には
メインデジタルの
【確率変動】をウリに
颯爽と(ひっそりと?)
デビューした
“確率変動連チャン機”
こと
CR機は
全くの
無用の長物でした。
デジパチ以外にも
権利モノ
「ダイナマイト.ソルジャー・・等」
アレパチ
「アレジン.エキサイト・・等」
羽根モノ
「たぬ吉くん.スーパーファイター・・等」
と
全てのパチンコ機が
連チャンし始め
ますます
CR機の居場所は
なくなっていったのです。
何故そこまで
CR機は普及しなかったのか?
これは
まったくの
私の
持論ですが
原因は 3つあると
思っています。
1つは
お金の問題。
□■□■□■□■□■□■
・・・その前に
第1章最後に
クイズを出しましたね
その答えを
発表します。
「なぜ このタイミングで・・?」
と お思いの方も
いらっしゃるでしょうが
今から書く事に
この答えが
関係してくるからなんです (o^_^o)。
問題は
Q:CR機の『CR』とは
何の略でしょう?
だったと
思います (^_^;)。
正解は
A:CR= カードリーダー
= CARD READER = CR。
要するに
カード読みとり機・・ですね。
ちなみに
今のCR機に
カードを挿入して
遊戯するなんて人は
いるのでしょうか?
皆さんのブログを
拝見する限り
皆様現金で
あるいは貯玉で
打っていらっしゃるようですね。
私が前回の問題の最後に
「最近始めた方は
絶対にわからない。」
と言ったのは
この為なんです。
今のCR機に
カードで遊戯していたころの面影は
全然ありませんからね。
□■□■□■□■□■□■□
当時 パチンコ台は
5万円~10万円で
売買されていたと
いいます。
台に
液晶モニターがついてからは
段々高くなるのですが
仮に15万円の新台を
半シマ20台入れ換えても
300万円。
当時は
新台入れ替えは
約3ヶ月に一度の
お祭り日。
どんなに短命な台でも
半年以上は
設置されていますから
長い目で
採算がとれていたんです。
ところが
CR機は
1台約30万円。
前記したように
現金ではなく
カードリーダーな為
店内に設置してある
パッキーカード
(西日本はパニーカード)
用のカード販売機で
カードを買って来て
(三千.五千.壱万円の3種類)
台間にある
CR専用ユニットにカードを挿入して
玉貸しボタンを押し
貸し玉が出てくる・・
という 手順を踏んで
遊戯するのですが
わかりますかね? 皆さん?
そう。
シマを全改装しなければ
いけないのですよ。
CRユニットは
そのままでは
使えません。
そして
頭を下げて
カード会社に頼み込み
(勿論 お上の作った機関。天下りアリです。)
販売機も設置しないと
いけない。
1日では
工場は終わらない。
許可を取らなければ
いけない。
元請けに
受注が殺到すれば
在庫品切れになり
しばらく
待たねばならない。
つまり
CR機1台を
新たに設置する場合
70~80万かかる計算
(だったと思います)
になり
短くても
数日から数週間は
営業出来なくなるのです。
お金は出て行く。
入っては来ないでは
誰も冒険しませんよね?
そこまでして
誰も打たなければ
話になりませんし
連チャン機があるのですから
無理に
CRを入れる必要は
なかったのです。
これが持論2つ目の原因。
つまり
パチンコに限らず
日本人は
保守的だということ。
人の意見に
流されやすい国民性が
あると思います。
新しいモノを受け付けず
古いモノに
固執する民族ですから。
例えば
『海物語』
ご存知ですよね?
パチンコする方で
知らない方は
いないと思います。
『海』を打つ時に
デジタル回転を見ていて
凄い違和感を
感じた人・・・
いますか?
こう書くと
おそらく
全員の方が
・・・???????
だと思います。
97年(でしたっけ?
)
『海物語』の先祖。
『CRギンギラパラダイス』
が登場した時
酷評されたのを
ご存知ですか?
理由は
「デジタルが
横スクロールだったから」
それまでのデジタルスクロールは 上から下へが基本で それが当たり前でした。
そこに 魚が泳いでいるのをモチーフにして
更にその様子を 潜水艦の中から 丸い窓越しに見ている設定でしたので、業界のタブーを破り
1中堅メーカーの三洋が仕掛けた 横スクロールを
「デジタル変動が
見にくい」
などと
コキおろしたのです。
新しいモノは
許さんという
保守的考えですよね。
そして
持論三つ目。
ズバリ
お上への報復・・ですかね?
つまり
「あんたらの思うようには させませんよ」
という
反発があったのでは
ないでしょうか。
これは
全くの私の妄想?
空想ですので
あしからず
m(_ _)m。
さて
今回の“第2章”では
お上のゴリ押しがあったにも関わらず
なぜ CR機が普及しなかったかを
綴ってみました。
次回“第3章”では
一向に進まない
CR機導入に業を煮やしたお上が
いよいよ
力づくに出てきます。
まるで
地球を制圧していた
恐竜が絶滅したように
パチンコ業界を、30兆円産業にまでのし上げた
連チャン機達が
アッ という間に姿を消し去った 裏のいきさつを ご説明したいと
思います。
次回
『CR創生期ー第3章ー』
お楽しみに
<(_ _)>
□■□■□■□■□■□
なんだか裏のドロドロした部分が出てきましたね
当時も、勿論今でも
あまりぶっちゃけて書けないことも多いのですよ。
さて残すは三部作最後の第三章のみ。
(´・ω・`) モウ ヨミタクナイデショ?
三部作で構成してある内の第二章です。
第一章で出題してあったクイズの正解発表もあります。
どうぞご覧あれ
( ・∀・)つ
□■□■□■□■□■□
.
第1章から
随分と
時間が経ってしまいました
アセあまりに昔過ぎて
何を書こうとしたのか
忘れてしまい
何度も
『第1章』
を 読み直した
○ーパーラッキー☆です。
↑↑↑
(ナゼニ伏せ字なの?)
こんばんは
('◇')ゞ
前回までの
あらすじは
CR機が生まれて
市場に
出始めた頃までの
お話でしたね。
当時(91年~93年)は
連チャン機で
店側も
客側も
アツくなっていた時代。
大当たり終了後
点灯している保留で
再び
大当たりが発生する
“保留玉連チャン機”
保留をスルーしても
数回転回すと
また 当たってしまう
“数珠つなぎ連チャン機”
この
システムの違う
2大連チャン機が
市場をシメていた
時代には
メインデジタルの
【確率変動】をウリに
颯爽と(ひっそりと?)
デビューした
“確率変動連チャン機”
こと
CR機は
全くの
無用の長物でした。
デジパチ以外にも
権利モノ
「ダイナマイト.ソルジャー・・等」
アレパチ
「アレジン.エキサイト・・等」
羽根モノ
「たぬ吉くん.スーパーファイター・・等」
と
全てのパチンコ機が
連チャンし始め
ますます
CR機の居場所は
なくなっていったのです。
何故そこまで
CR機は普及しなかったのか?
これは
まったくの
私の
持論ですが
原因は 3つあると
思っています。
1つは
お金の問題。
□■□■□■□■□■□■
・・・その前に
第1章最後に
クイズを出しましたね

その答えを
発表します。
「なぜ このタイミングで・・?」
と お思いの方も
いらっしゃるでしょうが
今から書く事に
この答えが
関係してくるからなんです (o^_^o)。
問題は
Q:CR機の『CR』とは
何の略でしょう?
だったと
思います (^_^;)。
正解は
A:CR= カードリーダー
= CARD READER = CR。
要するに
カード読みとり機・・ですね。
ちなみに
今のCR機に
カードを挿入して
遊戯するなんて人は
いるのでしょうか?
皆さんのブログを
拝見する限り
皆様現金で
あるいは貯玉で
打っていらっしゃるようですね。
私が前回の問題の最後に
「最近始めた方は
絶対にわからない。」
と言ったのは
この為なんです。
今のCR機に
カードで遊戯していたころの面影は
全然ありませんからね。
□■□■□■□■□■□■□
当時 パチンコ台は
5万円~10万円で
売買されていたと
いいます。
台に
液晶モニターがついてからは
段々高くなるのですが
仮に15万円の新台を
半シマ20台入れ換えても
300万円。
当時は
新台入れ替えは
約3ヶ月に一度の
お祭り日。
どんなに短命な台でも
半年以上は
設置されていますから
長い目で
採算がとれていたんです。
ところが
CR機は
1台約30万円。
前記したように
現金ではなく
カードリーダーな為
店内に設置してある
パッキーカード
(西日本はパニーカード)
用のカード販売機で
カードを買って来て
(三千.五千.壱万円の3種類)
台間にある
CR専用ユニットにカードを挿入して
玉貸しボタンを押し
貸し玉が出てくる・・
という 手順を踏んで
遊戯するのですが
わかりますかね? 皆さん?
そう。
シマを全改装しなければ
いけないのですよ。
CRユニットは
そのままでは
使えません。
そして
頭を下げて
カード会社に頼み込み
(勿論 お上の作った機関。天下りアリです。)
販売機も設置しないと
いけない。
1日では
工場は終わらない。
許可を取らなければ
いけない。
元請けに
受注が殺到すれば
在庫品切れになり
しばらく
待たねばならない。
つまり
CR機1台を
新たに設置する場合
70~80万かかる計算
(だったと思います)
になり
短くても
数日から数週間は
営業出来なくなるのです。
お金は出て行く。
入っては来ないでは
誰も冒険しませんよね?
そこまでして
誰も打たなければ
話になりませんし
連チャン機があるのですから
無理に
CRを入れる必要は
なかったのです。
これが持論2つ目の原因。
つまり
パチンコに限らず
日本人は
保守的だということ。
人の意見に
流されやすい国民性が
あると思います。
新しいモノを受け付けず
古いモノに
固執する民族ですから。
例えば
『海物語』
ご存知ですよね?
パチンコする方で
知らない方は
いないと思います。
『海』を打つ時に
デジタル回転を見ていて
凄い違和感を
感じた人・・・
いますか?
こう書くと
おそらく
全員の方が
・・・???????
だと思います。
97年(でしたっけ?
)『海物語』の先祖。
『CRギンギラパラダイス』
が登場した時
酷評されたのを
ご存知ですか?
理由は
「デジタルが
横スクロールだったから」
それまでのデジタルスクロールは 上から下へが基本で それが当たり前でした。
そこに 魚が泳いでいるのをモチーフにして
更にその様子を 潜水艦の中から 丸い窓越しに見ている設定でしたので、業界のタブーを破り
1中堅メーカーの三洋が仕掛けた 横スクロールを
「デジタル変動が
見にくい」
などと
コキおろしたのです。
新しいモノは
許さんという
保守的考えですよね。
そして
持論三つ目。
ズバリ
お上への報復・・ですかね?
つまり
「あんたらの思うようには させませんよ」
という
反発があったのでは
ないでしょうか。
これは
全くの私の妄想?
空想ですので
あしからず
m(_ _)m。
さて
今回の“第2章”では
お上のゴリ押しがあったにも関わらず
なぜ CR機が普及しなかったかを
綴ってみました。
次回“第3章”では
一向に進まない
CR機導入に業を煮やしたお上が
いよいよ
力づくに出てきます。
まるで
地球を制圧していた
恐竜が絶滅したように
パチンコ業界を、30兆円産業にまでのし上げた
連チャン機達が
アッ という間に姿を消し去った 裏のいきさつを ご説明したいと
思います。
次回
『CR創生期ー第3章ー』
お楽しみに
<(_ _)>
□■□■□■□■□■□
なんだか裏のドロドロした部分が出てきましたね

当時も、勿論今でも
あまりぶっちゃけて書けないことも多いのですよ。
さて残すは三部作最後の第三章のみ。
(´・ω・`) モウ ヨミタクナイデショ?
過去記事再貼り…CR機創成期~第一章~
.
ブログおさぼり企画(笑)
過去記事再貼りです。
今回は今から二年半前の09年5月の記事からの再貼り。
『CR機創成期~第一章~』
を お送りします。
CR機が誕生した時のパチンコ界の状況は?
初期のCR機とは?
…
私のブログ最初のドキュメンタリー記事『CR機創成期~第一章~』
ドーゾ( ・∀・)つ
□■□■□■□■□■□
.
最近スッカリ
クイズの出題者に
なってしまった
感のある
“スーパーラッキー☆”です


こんばんは。

しかしながら
今日は
クイズでは
ありません
だからと言って
ぱち実践も
していませんので
実践日記も
書けません
デヘヘ
と・・言う訳で
さ・よ・う・な・らぁ・・・・
(゚o゚)\(-_-#)
ははは
怒られちゃいました
ギヒヒ 

そんな訳で
今日は1つ
どうでも良い
昔話を
してみたいと
思います (^o^)。
きっかけは
私の最近の
クイズ問題を見て
日頃から仲良くしていただいているブロガーさんの
「パチンコを始めたのがCR機からだから
こんな昔の機種なんて
意味が分からないっ!
Ψ(`◇´)Ψ ガオー!」
↑(ウソです。だいぶ誇張表現です。
ねっ! は○菜ッチ。
)
の
一言。
あくまでも
私の頭の中にある
当時の記憶だけを
頼りに
書いていきますので
間違いがあったら
容赦ない鋭いツッコミを
お願いします

□■□■□■□■□■□■□■□
全ての始まりは
1991年頃だったのでは
ないかと思います。
・・・
・・・・
スミマセン(アセ)
何の話題かを
言っていませんでしたね^_^;
話の内容は
タイトルにも在るとおり
『CR機創生期』です。
CR機が
世に出てきた
経緯
そもそもCRとは
なんじゃ?
という話しを
していこうと思います。
全ての始まりは
1991年頃ではなかったかと 思います。
この年
現代パチンコにも
欠かせないモノが
産声をあげました。
パチンコ業界初の
液晶モニター付き
パチンコ機の登場です。
それまでのパチンコ台。
特にデジパチの
デジタル表示は
『ドラム』
(スロットと同じく リールが回転するモノ)
『ドット』
(現在のパトラッシュシリーズの デジタル)
『7セグ』
(隠れ確変判別などで
おなじみ)
・・・の
3パターンしか
ありませんでした。
そんな中
初の液晶モニター付きデジパチ
平和の『麻雀物語』は
10万台を超える
ヒットになったと
記憶しています。
ところがこの『麻雀物語』
ウリは 液晶モニターだけでは なかったんです。
当時 市場で人気が出始めていた
大当たり終了後の
保留玉で
再び大当たりする
いわゆる
“保留玉連チャン機能”
搭載機だったのです。
それまでとは違う
液晶画面が織り成す
滑らかなリーチアクション。
ちょっとHぽい
大当たり画面。
そして 保留玉連チャン。
一気に
平和の『麻雀物語』は
設置数でも
トップに躍り出ました。
大ヒットになった
『麻雀物語』の影で
現代パチンコに
なくてはならないモノが、もう1つ
ほとんどの人に
知られず
この年に
ヒッソリと デビューします。
カード読み取り機能付き
確率変動デジパチ
いわゆる
“CR機”の 登場です。
CR機第1号は
どこの
なんていう名前だったかは
完全に
忘れましたが
スペックは
設定が1から3まで
あって
コインとは逆に
設定1が 最高設定。
設定3が 最低設定で
設定3でも
確率分母が
300を上回っていたと
思います。
しかしながら
確変突入率は 2/15と
非力。
弱性の保留玉連チャンも
ありました。
なんとかして
CR機導入を推し進めたいお上は、CR導入ホールに
何らかの優遇を
持たせた気がするんですが・・忘れました
しかし世は
『麻雀物語』を筆頭に
液晶モニター付き現金連チャン機の天下。
CR機の居場所は
どこにもなかったのです。
・・・
・・・・・
それから数年たち
一向に進まない
CR機導入計画に業を煮やしたお上(行政)は
いよいよ最終手段
チカラヅクでCR導入を
ごり押し始めるコトと
なるのです・・・が
今日はココまで。
続きは
また明日 (≧ω≦)b
□■□■□■□■□■□■□■
CR 豆知識クイズです
『ズバリ CRとは
何の略でしょう?』
これが明日の
キーポイントです。
これをクイズにする為に
今日は深く
突っ込んで
書けなかった位
重要です。
最近ぱちりだした人には、逆立ちしても
分からないですっ!
(笑)。
ハッキリ言って (^_^;)。
では
話の続きと
クイズの答えは
また明日
お疲れ様でした
('◇')ゞ
□■□■□■□■□■□
続きを読みたくなるような素晴らしいタイミングで第一章を終わらしていたんですねぇ(笑)
(´ー`)
そうか…
クイズ形式にしてたのかぁ…
この『CR機創成期』は全部で三部作あるんですが…
(´・ω・`)ゼンブミル?
.
ブログおさぼり企画(笑)
過去記事再貼りです。
今回は今から二年半前の09年5月の記事からの再貼り。
『CR機創成期~第一章~』
を お送りします。
CR機が誕生した時のパチンコ界の状況は?
初期のCR機とは?
…
私のブログ最初のドキュメンタリー記事『CR機創成期~第一章~』
ドーゾ( ・∀・)つ
□■□■□■□■□■□
.
最近スッカリ
クイズの出題者に
なってしまった
感のある
“スーパーラッキー☆”です



こんばんは。


しかしながら
今日は
クイズでは
ありません

だからと言って
ぱち実践も
していませんので
実践日記も
書けません
デヘヘと・・言う訳で
さ・よ・う・な・らぁ・・・・
(゚o゚)\(-_-#)
ははは
怒られちゃいました
ギヒヒ 

そんな訳で
今日は1つ
どうでも良い
昔話を
してみたいと
思います (^o^)。
きっかけは
私の最近の
クイズ問題を見て
日頃から仲良くしていただいているブロガーさんの
「パチンコを始めたのがCR機からだから
こんな昔の機種なんて
意味が分からないっ!
Ψ(`◇´)Ψ ガオー!」
↑(ウソです。だいぶ誇張表現です。
ねっ! は○菜ッチ。
)の
一言。
あくまでも
私の頭の中にある
当時の記憶だけを
頼りに
書いていきますので
間違いがあったら
容赦ない鋭いツッコミを
お願いします


□■□■□■□■□■□■□■□
全ての始まりは
1991年頃だったのでは
ないかと思います。
・・・
・・・・
スミマセン(アセ)
何の話題かを
言っていませんでしたね^_^;
話の内容は
タイトルにも在るとおり
『CR機創生期』です。
CR機が
世に出てきた
経緯
そもそもCRとは
なんじゃ?
という話しを
していこうと思います。
全ての始まりは
1991年頃ではなかったかと 思います。
この年
現代パチンコにも
欠かせないモノが
産声をあげました。
パチンコ業界初の
液晶モニター付き
パチンコ機の登場です。
それまでのパチンコ台。
特にデジパチの
デジタル表示は
『ドラム』
(スロットと同じく リールが回転するモノ)
『ドット』
(現在のパトラッシュシリーズの デジタル)
『7セグ』
(隠れ確変判別などで
おなじみ)
・・・の
3パターンしか
ありませんでした。
そんな中
初の液晶モニター付きデジパチ
平和の『麻雀物語』は
10万台を超える
ヒットになったと
記憶しています。
ところがこの『麻雀物語』
ウリは 液晶モニターだけでは なかったんです。
当時 市場で人気が出始めていた
大当たり終了後の
保留玉で
再び大当たりする
いわゆる
“保留玉連チャン機能”
搭載機だったのです。
それまでとは違う
液晶画面が織り成す
滑らかなリーチアクション。
ちょっとHぽい
大当たり画面。
そして 保留玉連チャン。
一気に
平和の『麻雀物語』は
設置数でも
トップに躍り出ました。
大ヒットになった
『麻雀物語』の影で
現代パチンコに
なくてはならないモノが、もう1つ
ほとんどの人に
知られず
この年に
ヒッソリと デビューします。
カード読み取り機能付き
確率変動デジパチ
いわゆる
“CR機”の 登場です。
CR機第1号は
どこの
なんていう名前だったかは
完全に
忘れましたが
スペックは
設定が1から3まで
あって
コインとは逆に
設定1が 最高設定。
設定3が 最低設定で
設定3でも
確率分母が
300を上回っていたと
思います。
しかしながら
確変突入率は 2/15と
非力。
弱性の保留玉連チャンも
ありました。
なんとかして
CR機導入を推し進めたいお上は、CR導入ホールに
何らかの優遇を
持たせた気がするんですが・・忘れました

しかし世は
『麻雀物語』を筆頭に
液晶モニター付き現金連チャン機の天下。
CR機の居場所は
どこにもなかったのです。
・・・
・・・・・
それから数年たち
一向に進まない
CR機導入計画に業を煮やしたお上(行政)は
いよいよ最終手段
チカラヅクでCR導入を
ごり押し始めるコトと
なるのです・・・が
今日はココまで。
続きは
また明日 (≧ω≦)b
□■□■□■□■□■□■□■
CR 豆知識クイズです
『ズバリ CRとは
何の略でしょう?』
これが明日の
キーポイントです。
これをクイズにする為に
今日は深く
突っ込んで
書けなかった位
重要です。
最近ぱちりだした人には、逆立ちしても
分からないですっ!
(笑)。
ハッキリ言って (^_^;)。
では
話の続きと
クイズの答えは
また明日

お疲れ様でした
('◇')ゞ
□■□■□■□■□■□
続きを読みたくなるような素晴らしいタイミングで第一章を終わらしていたんですねぇ(笑)
(´ー`)
そうか…
クイズ形式にしてたのかぁ…
この『CR機創成期』は全部で三部作あるんですが…
(´・ω・`)ゼンブミル?
.
