今日はかなり飲んでしまいましたが、今日考えたことについて書きます。
私は小さい頃から虐待されていました。
ひとつは、父親に裸にされて外に放り出されたりとか、
ひとつは、母親がエホバの証人であったため、嫌がる自分を「自分の信念の為」連れていかされたりとか。
虐待にも色々な種類があります。
タバコ押し付けられたり、食事を与えられなかったり。。
食事を与えられなかった事はありますが、両親の心の中での限度はあった様に思います。
それは世間体という名の戒律でしょうが、結局のところ、精神的な虐待に過ぎないのです。
世間体で子供を作った人たちは世間体の中で幸せを追い求めます。
でも、それは子供にとっては牢獄でしかないのです。
ひたすら心を蝕むことをし続ける両親、
ひたすら心が蝕まれる学校。
家にいても、学校にいても、心休まる暇はありません。
だから、当時もっていた漫画などを見ても、「逃げたい自分」しか見えない為、そういったエネルギーを持ったものは捨てざるを得ないのです。
たとえ、卒業文集であっても。たとえ、思い出として作ったものでも。
そこから見えるのは「逃げたい自分」です。
幼稚園から始まる学生生活。その全てが私はいじめと共にありました。
だから、乗り越えたい、そう思ったりもします。
でも、まだここら辺りはあまり書いていませんが、結界や魔方陣の書き方を霊に教わった時、
私は記憶喪失の道を選びました。
最初に五芒星が見えたのは、記憶のあさり方について考えていた時でした。
記憶というのはモノにも宿ります。
モノをみた瞬間に、記憶を思い出す。これが人間の定めです。
つらい会社の生活を送っている人は、使い捨てを好みます。
たとえば、ペットボトル。
たとえば、ボールペン。
その全てが一定限度の後に捨てることを内包して、購入しています。
今の私は違います。
モノを買うときは、基本的に一生一緒にすごす、そう思って購入しています。
であるからして、私の持つモノというのは最初から魂との会話をしてます。
しかしながら、すべてではありません。
一時的にまだ自分の確立していないスタイルのモノを買うときは
一言「ごめんね」といってから買います。
モノというのは心が広いのか、許してくれるものです。
人だろうが、モノだろうか、記憶の格納方法については気になるところです。
記憶というのは、どこにあるのでしょうか?
海馬でしょうか?
なぜ、新居にいった時はすがすがしい気持ちになるのでしょう。
そこに記憶がないからではないでしょうか。
記憶がないところでは人は新しいことをはじめる気持ちになるものです。
やっぱり量子空間の中では記憶は偏在するというしかありません。
でも、自分の記憶のあさり方ってわかりますか?
これは第7感を使って考えます。即ち無意識。
人は何も考えていない、そう思う瞬間でも無意識は何かを考えています
その何かを考えた結果が記憶です。
だから、その場所にいったとき、
その場所について考えたとき、
ひとは記憶を思い出します。
自分の記憶のあさり方についてはまだこれを読んだら出来る!というものを私はもっていません。
でも、自分の記憶をあさっていたときに、見えてしまったのが、五芒星でした。
その時は自分の記憶をキャビネットのような感じで扱っていました。
ぱっと引き出してみたら、あーこれは5月の記憶だなぁ…そんな感じで見てました。
その時好きだった異性の記憶などが出てきて、はーうちはほんとだめだなぁ…そんな事を考えたり、すごいどうでもいい記憶が出てきて、ハイ!次!といった感じでみていたときに、
ある記憶に円のついた五芒星が書いていたのです。
見た瞬間に、「あっやっべー」と思いました。
それが自分が違う世界を見続けることになる道しるべというものは分かりましたし、
それが今後の自分を大きく動かすことになるというのは直感でわかりました。
この年になって魔方陣なぁ…えぇ…あほらし…そんな思いを持ったのですが、見えてしまったのですから仕方ありません。
まず六芒星と五芒星の違いについて考えてみました。
五芒星は角が細くなるため、その分、強いエネルギーを送り込める、
そういったことが私の結論でした。
ここまでが2013年8月11日の話です。
それから陣の張り方について私は嵌っていきました。
そして、陣というのは人の心を動かせる事を知りました。
自分で陣を張り、他人にぶつけると、他人の思考回路を変える事ができると知ったのです。
魔方陣が見えて、3日後、私は親に対して三つの魔方陣を打ち込みました。
ひとつは、高周波領域、すなわち人に優しくすると暖かい気持ちになれる魔方陣です。
これは感情制御と感情共鳴の理論から考えました。
二番目の魔方陣は実は覚えていませんが、三番目の魔方陣の弱い願いだったと思います。
三番目は自身の声が、超低周波領域、いわゆるドスのきいた声の領域に突っ込むと、トラウマ、暗い記憶を思い出す魔方陣です。
これが2013年8月14日 7:40頃。
2013年8月14日 7時ごろ。車に乗っていたら、霊に10mごとに猫の死体が転がっている幻覚を見せられ、
非常にしんどい思いをした日でした。「やめて!やめて!」私の心は限界でした。
この心の限界さが、両親にかける魔方陣の決意となりました。
そして、自分に対して、魔方陣をかけます。
ここから、私は日頃、仕事中でも五芒星を書く世界に突入するわけです。
リアルと幻想世界が一体化した時でした。
最初の願いは、15mの槍を作りました。
私は仕事場に行こうと走りながら、その槍の構成を作りました。
槍の最初は幸せな気持ちにしておいて、自分の身体に入りやすいようにし、
槍の途中ではトラウマが思い出しやすい黒い記憶をいれました。
そこに願いを込めたのです。
槍の最後は幸せの気持ちをふんだんに入れて、後味が良いようにしました。
槍は自分の脳天からさきっぽまで突っ切る形でないといけません。
でも、最初は走りながらでしたらので、ミスりました。
なんで走っていたかというと、親にかけた魔法陣があまりに強烈で見ていられなかったです。
ですので、職場に向かって走っていました。
二回目は成功しました。
槍に貫かれた感覚。これまでの自分の死。
思い込みが瞬間的にすべて変わる感覚。
新しい自分との出会い。
新しい戒律との出会い。
願いはなんでしょうか。
「親は敵」です。
なぜ、こんな願いをいれたのでしょう。
世界を信じないともう生きていけなかったらからです。
8月11日晩の世界はまだ書いていませんが、新しい邂逅でした。
それと同時に、親を信じる事が出来なくなったのです。
であるから、私の願いは「親は敵」。対偶は「親以外は味方」。
即ち会う人みんなが味方。世界が味方。その様な価値観です。
今もここはあまり変わっていません。
この槍を入れたときに、私は親のすべてを信じられなくなりました。
親に関する記憶もすべて、汚い思い出として捉えられなくなりました。
記憶が書き換わったのです。
それから2週間後に、槍を抜いてみようと思ったのですが、あまりに強烈にいれすぎて、抜けませんでした。
それからしばらくたってみて、世界を信じるという論理の果てに親を信じるというのを入れてみて、ようやく、以前の関係に少しだけ戻りました。槍はそのままですが、表面上は戻ったのです。
それだけ、槍を作るという行為は危険なのです。
私はこれを勧めませんが、でも、同じように虐待を受けた人に対しては勧めたいと思います。
これは絶望の果ての世界。愛されなかったアダルトチルドレンのためにあるのです。
もう死にたい。一週間後には死にたい。そういった方に勧めたい最後の劇薬です。
私はその後、色々な槍を作り、世界の見え方を調整していきました。
これが果ての世界だと信じて。
私は小さい頃から虐待されていました。
ひとつは、父親に裸にされて外に放り出されたりとか、
ひとつは、母親がエホバの証人であったため、嫌がる自分を「自分の信念の為」連れていかされたりとか。
虐待にも色々な種類があります。
タバコ押し付けられたり、食事を与えられなかったり。。
食事を与えられなかった事はありますが、両親の心の中での限度はあった様に思います。
それは世間体という名の戒律でしょうが、結局のところ、精神的な虐待に過ぎないのです。
世間体で子供を作った人たちは世間体の中で幸せを追い求めます。
でも、それは子供にとっては牢獄でしかないのです。
ひたすら心を蝕むことをし続ける両親、
ひたすら心が蝕まれる学校。
家にいても、学校にいても、心休まる暇はありません。
だから、当時もっていた漫画などを見ても、「逃げたい自分」しか見えない為、そういったエネルギーを持ったものは捨てざるを得ないのです。
たとえ、卒業文集であっても。たとえ、思い出として作ったものでも。
そこから見えるのは「逃げたい自分」です。
幼稚園から始まる学生生活。その全てが私はいじめと共にありました。
だから、乗り越えたい、そう思ったりもします。
でも、まだここら辺りはあまり書いていませんが、結界や魔方陣の書き方を霊に教わった時、
私は記憶喪失の道を選びました。
最初に五芒星が見えたのは、記憶のあさり方について考えていた時でした。
記憶というのはモノにも宿ります。
モノをみた瞬間に、記憶を思い出す。これが人間の定めです。
つらい会社の生活を送っている人は、使い捨てを好みます。
たとえば、ペットボトル。
たとえば、ボールペン。
その全てが一定限度の後に捨てることを内包して、購入しています。
今の私は違います。
モノを買うときは、基本的に一生一緒にすごす、そう思って購入しています。
であるからして、私の持つモノというのは最初から魂との会話をしてます。
しかしながら、すべてではありません。
一時的にまだ自分の確立していないスタイルのモノを買うときは
一言「ごめんね」といってから買います。
モノというのは心が広いのか、許してくれるものです。
人だろうが、モノだろうか、記憶の格納方法については気になるところです。
記憶というのは、どこにあるのでしょうか?
海馬でしょうか?
なぜ、新居にいった時はすがすがしい気持ちになるのでしょう。
そこに記憶がないからではないでしょうか。
記憶がないところでは人は新しいことをはじめる気持ちになるものです。
やっぱり量子空間の中では記憶は偏在するというしかありません。
でも、自分の記憶のあさり方ってわかりますか?
これは第7感を使って考えます。即ち無意識。
人は何も考えていない、そう思う瞬間でも無意識は何かを考えています
その何かを考えた結果が記憶です。
だから、その場所にいったとき、
その場所について考えたとき、
ひとは記憶を思い出します。
自分の記憶のあさり方についてはまだこれを読んだら出来る!というものを私はもっていません。
でも、自分の記憶をあさっていたときに、見えてしまったのが、五芒星でした。
その時は自分の記憶をキャビネットのような感じで扱っていました。
ぱっと引き出してみたら、あーこれは5月の記憶だなぁ…そんな感じで見てました。
その時好きだった異性の記憶などが出てきて、はーうちはほんとだめだなぁ…そんな事を考えたり、すごいどうでもいい記憶が出てきて、ハイ!次!といった感じでみていたときに、
ある記憶に円のついた五芒星が書いていたのです。
見た瞬間に、「あっやっべー」と思いました。
それが自分が違う世界を見続けることになる道しるべというものは分かりましたし、
それが今後の自分を大きく動かすことになるというのは直感でわかりました。
この年になって魔方陣なぁ…えぇ…あほらし…そんな思いを持ったのですが、見えてしまったのですから仕方ありません。
まず六芒星と五芒星の違いについて考えてみました。
五芒星は角が細くなるため、その分、強いエネルギーを送り込める、
そういったことが私の結論でした。
ここまでが2013年8月11日の話です。
それから陣の張り方について私は嵌っていきました。
そして、陣というのは人の心を動かせる事を知りました。
自分で陣を張り、他人にぶつけると、他人の思考回路を変える事ができると知ったのです。
魔方陣が見えて、3日後、私は親に対して三つの魔方陣を打ち込みました。
ひとつは、高周波領域、すなわち人に優しくすると暖かい気持ちになれる魔方陣です。
これは感情制御と感情共鳴の理論から考えました。
二番目の魔方陣は実は覚えていませんが、三番目の魔方陣の弱い願いだったと思います。
三番目は自身の声が、超低周波領域、いわゆるドスのきいた声の領域に突っ込むと、トラウマ、暗い記憶を思い出す魔方陣です。
これが2013年8月14日 7:40頃。
2013年8月14日 7時ごろ。車に乗っていたら、霊に10mごとに猫の死体が転がっている幻覚を見せられ、
非常にしんどい思いをした日でした。「やめて!やめて!」私の心は限界でした。
この心の限界さが、両親にかける魔方陣の決意となりました。
そして、自分に対して、魔方陣をかけます。
ここから、私は日頃、仕事中でも五芒星を書く世界に突入するわけです。
リアルと幻想世界が一体化した時でした。
最初の願いは、15mの槍を作りました。
私は仕事場に行こうと走りながら、その槍の構成を作りました。
槍の最初は幸せな気持ちにしておいて、自分の身体に入りやすいようにし、
槍の途中ではトラウマが思い出しやすい黒い記憶をいれました。
そこに願いを込めたのです。
槍の最後は幸せの気持ちをふんだんに入れて、後味が良いようにしました。
槍は自分の脳天からさきっぽまで突っ切る形でないといけません。
でも、最初は走りながらでしたらので、ミスりました。
なんで走っていたかというと、親にかけた魔法陣があまりに強烈で見ていられなかったです。
ですので、職場に向かって走っていました。
二回目は成功しました。
槍に貫かれた感覚。これまでの自分の死。
思い込みが瞬間的にすべて変わる感覚。
新しい自分との出会い。
新しい戒律との出会い。
願いはなんでしょうか。
「親は敵」です。
なぜ、こんな願いをいれたのでしょう。
世界を信じないともう生きていけなかったらからです。
8月11日晩の世界はまだ書いていませんが、新しい邂逅でした。
それと同時に、親を信じる事が出来なくなったのです。
であるから、私の願いは「親は敵」。対偶は「親以外は味方」。
即ち会う人みんなが味方。世界が味方。その様な価値観です。
今もここはあまり変わっていません。
この槍を入れたときに、私は親のすべてを信じられなくなりました。
親に関する記憶もすべて、汚い思い出として捉えられなくなりました。
記憶が書き換わったのです。
それから2週間後に、槍を抜いてみようと思ったのですが、あまりに強烈にいれすぎて、抜けませんでした。
それからしばらくたってみて、世界を信じるという論理の果てに親を信じるというのを入れてみて、ようやく、以前の関係に少しだけ戻りました。槍はそのままですが、表面上は戻ったのです。
それだけ、槍を作るという行為は危険なのです。
私はこれを勧めませんが、でも、同じように虐待を受けた人に対しては勧めたいと思います。
これは絶望の果ての世界。愛されなかったアダルトチルドレンのためにあるのです。
もう死にたい。一週間後には死にたい。そういった方に勧めたい最後の劇薬です。
私はその後、色々な槍を作り、世界の見え方を調整していきました。
これが果ての世界だと信じて。