「~しなければならない。」
そういった思考が発生した時、注意深くその理由を考えてみるべきと思っています。
それは規範であり、ルールであり、思い込みの羅列から奏でられる計算結果でしかないからです。
案外「~しなければならない。」なんて考えをもっているのは自分だけかもしれません。
「~しては駄目」、「~するべき」、「絶対に~」も同じです。
-------------------------
さて、今、「絶対に~」なんてのは書こうとしていなかったのですが、
思い付きの衝撃のみがあったので、あとは手に任せてみました。
言葉は浮かんでなかったのですが、手に任せると「絶対に~」という言葉を引き出しました。
"無意識から引っ張りあげる"と私は名付けています。
なにか思いついたけど、言葉にできない。
そういうことってありませんか?
この思いつきというは電気の貫く衝動であって、
それは脳内の思考演算結果、思考ロジックの変更が行われたのだと思います。
言葉というのは他人に話すためのモノであって、本来の人間の思考内容ではないと思います。
ですので、こういう場合は、手に任せる、口に任せる、そういった行動が重要かと思います。
-------------------------
思い込みの羅列というのは社会的な立ち位置も含むことでしょう。
政治家の自殺にはよくそれがあると思います。
思い込みとはジェンガであると、以前書きましたが、
「絶対に~」なんていう思考の癖はその最たるものです。
どうやってなくせばいいのか?
それは「なぜ?」を最低五回は繰り返すといったシンプルなものがいいと思っています。
例えば、
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「なぜ?」
→今日がスケジュール引かれた最終日だから。
→→「なぜ、そのスケジュールを間に合わせる必要がある?」×「なぜ?」
→→→別にそんなに無理に間に合わせる必要はない
→→→「ではなんで"絶対"なんていう表現をつかった?」×「なぜ?」
→→→→「幼少期の思い込みがそうさせたのが理解できる」
→私の場合は、ここで記憶を探すフェーズの開始です。小6くらいにありそうですね…
その場のノリで、相手を思い通りにしようとした事を発掘しました。
これを消しておくのですが、対偶を考えないと"昔の論理はつぶせない"ので、また考えて見ます。
ここまでで考えたところ、こういった過程で自分の思考の癖を徐々に手放していけるとわかると思います。
さて、対偶を考えましょう。
ひとつは、「感謝」を貫く。「美しく」とか「かわいく」とかでもいいのですが、
快になる方を選べばいいのです。
何個か作っていちばんしっくりくるものを、そう「腑に落ちる」ものを選択します。
例えば、
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「それは誰に感謝して行うものか?」
→社会のため?自分が生きているに感謝していることをあらわす手段だから。
この「感謝」は結果を問い、生き方を問い、雰囲気も問う。
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「それは美しいか?」
→終わらせることは美しいが、それを達成する為にもがくのは美しくない。
この「美しい」は結果を問うたり、問わなかったりするが、失敗時にはそれをカバーする「美しさ」の論理が必要。
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「それはかわいい?」
→かわいくない。猛烈にかわいくない。高域の声を使って出来ないといっている方がかわいい。
この「かわいい」は結果を問わない。その場の雰囲気のみを問う。
→さて、結果を問うのは己の欲でしかないのではないか?
→→この場合、ほとんど欲であり、出来なかったときに責められることも考えにくい。
欲と愛の定理が適用可能と判断できます。この論理は捨ててしまいましょう。
つまり、結果を問うものは捨てたほうがよさそうです。
というわけで、「かわいい」方が一番今の自分には楽なので、「かわいい」を選びます。
なにか、逃げているような気がしますが、これもまた思い込み。
いいえ、1番目と2番目の論理もいい論理をいつか考えつくはずです。
とりあえず、一番愛されるのは「かわいい」だと思いますし、一番気が楽で、一番いい気持ちになれるのも「かわいい」かと思います。
「かわいい」の汎用性ってすごいんですよね。
ですから、「かわいい」はかなりすごい生き方だと思っています。
果ての世界の先で選んでいく世界♪
そういった思考が発生した時、注意深くその理由を考えてみるべきと思っています。
それは規範であり、ルールであり、思い込みの羅列から奏でられる計算結果でしかないからです。
案外「~しなければならない。」なんて考えをもっているのは自分だけかもしれません。
「~しては駄目」、「~するべき」、「絶対に~」も同じです。
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さて、今、「絶対に~」なんてのは書こうとしていなかったのですが、
思い付きの衝撃のみがあったので、あとは手に任せてみました。
言葉は浮かんでなかったのですが、手に任せると「絶対に~」という言葉を引き出しました。
"無意識から引っ張りあげる"と私は名付けています。
なにか思いついたけど、言葉にできない。
そういうことってありませんか?
この思いつきというは電気の貫く衝動であって、
それは脳内の思考演算結果、思考ロジックの変更が行われたのだと思います。
言葉というのは他人に話すためのモノであって、本来の人間の思考内容ではないと思います。
ですので、こういう場合は、手に任せる、口に任せる、そういった行動が重要かと思います。
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思い込みの羅列というのは社会的な立ち位置も含むことでしょう。
政治家の自殺にはよくそれがあると思います。
思い込みとはジェンガであると、以前書きましたが、
「絶対に~」なんていう思考の癖はその最たるものです。
どうやってなくせばいいのか?
それは「なぜ?」を最低五回は繰り返すといったシンプルなものがいいと思っています。
例えば、
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「なぜ?」
→今日がスケジュール引かれた最終日だから。
→→「なぜ、そのスケジュールを間に合わせる必要がある?」×「なぜ?」
→→→別にそんなに無理に間に合わせる必要はない
→→→「ではなんで"絶対"なんていう表現をつかった?」×「なぜ?」
→→→→「幼少期の思い込みがそうさせたのが理解できる」
→私の場合は、ここで記憶を探すフェーズの開始です。小6くらいにありそうですね…
その場のノリで、相手を思い通りにしようとした事を発掘しました。
これを消しておくのですが、対偶を考えないと"昔の論理はつぶせない"ので、また考えて見ます。
ここまでで考えたところ、こういった過程で自分の思考の癖を徐々に手放していけるとわかると思います。
さて、対偶を考えましょう。
ひとつは、「感謝」を貫く。「美しく」とか「かわいく」とかでもいいのですが、
快になる方を選べばいいのです。
何個か作っていちばんしっくりくるものを、そう「腑に落ちる」ものを選択します。
例えば、
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「それは誰に感謝して行うものか?」
→社会のため?自分が生きているに感謝していることをあらわす手段だから。
この「感謝」は結果を問い、生き方を問い、雰囲気も問う。
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「それは美しいか?」
→終わらせることは美しいが、それを達成する為にもがくのは美しくない。
この「美しい」は結果を問うたり、問わなかったりするが、失敗時にはそれをカバーする「美しさ」の論理が必要。
「絶対にこの仕事は今日中に終わらせないといけない」×「それはかわいい?」
→かわいくない。猛烈にかわいくない。高域の声を使って出来ないといっている方がかわいい。
この「かわいい」は結果を問わない。その場の雰囲気のみを問う。
→さて、結果を問うのは己の欲でしかないのではないか?
→→この場合、ほとんど欲であり、出来なかったときに責められることも考えにくい。
欲と愛の定理が適用可能と判断できます。この論理は捨ててしまいましょう。
つまり、結果を問うものは捨てたほうがよさそうです。
というわけで、「かわいい」方が一番今の自分には楽なので、「かわいい」を選びます。
なにか、逃げているような気がしますが、これもまた思い込み。
いいえ、1番目と2番目の論理もいい論理をいつか考えつくはずです。
とりあえず、一番愛されるのは「かわいい」だと思いますし、一番気が楽で、一番いい気持ちになれるのも「かわいい」かと思います。
「かわいい」の汎用性ってすごいんですよね。
ですから、「かわいい」はかなりすごい生き方だと思っています。
果ての世界の先で選んでいく世界♪