とにかく楽しい事を選ぶ。
それってすごい大切だと思います。
そして、暗い言葉を楽しい言葉に変換しておく。
嫌味を嫌味として受け取る力は要らない。
皮肉を皮肉として受け取る力は要らない。
必要は対偶を考え、いい方に解釈すること。
そして、優しい気持ちになること。
砂糖をいれすぎたホイップクリームの様な優しさを出せること。
相手がどう思うかなんて考えても、優しい気持ちにはなれません。
優しい気持ちは、感情共鳴の理と、感情制圧の理によって、自分自身が「空気」となり、相手の感情を変えていきます。
自分が優しい気持ちで時間を満たすならば、相手もまた優しい気持ちで時間が満たされるのです。
この理を理解したならば、自分が気持ちよくなれる方にするしかもうないです。
私は霊と喋ると散々書いていますが、
これも楽しい方を選んだ結果。
その結果、結界が見えるようになりました。2014年8月12日。
思い込みの改竄の仕方を書いた事もありますが、
これも楽しい方を選んだ結果。2014年8月14日。
その結果、楽しい気持ちばかりが埋め尽くす時間が増えました。
そして、これが引き寄せの法則が発動します。
すべては気分でしかないのです。
この世界の見え方も、この世界の解釈の仕方も、
あのときの想いも、いまの想いも。
霊には色々な世界を教わりました。
これもいつか書いていきたいのですが、超トリップ状態とも呼べるものなので、
なかなか頭ではまとまっていません。
ひとつは、ビッグバン以前のお話。
ひとつは、この世界がすでにある世界に飲まれている話。
ひとつは、世界の終わり方の話。
ひとつは、世界とは入れ子となっている話。
ひとつは、世界は最終的にくるりとつながる話。
うーん、書いてて割りとどうでもよくなってきましたが、
色々な世界を見た上で、じゃあ霊というか、
これまでの繋がりが永遠とある皆と仲良くしましょう、
そういう話でしかないのです。
科学は見えぬもの、観測できないものは否定します。
しかし、言葉は最も見えないモノです。
言葉を信じないと、科学は信じる事は出来ません。
言葉とは即ち言霊。
科学は言霊なくては存在し得ず、
言霊の在り処について想いを馳せない様に作られています。
私が最初に死に掛けた、即ち臨死体験ですが、それは8ヶ月の時です。
意識は身体からでてしまってました。
すさまじく気の流れが見えていた事ははっきり覚えています。
それから私は霊を「霊」と呼ばず、「ただそこに存在する」ものとして
語りかけていました。
思い込みの変換の過程で、記憶喪失箇所が多すぎるのですが、
例えば、中学生の時に、好きな「ただそこに存在する」ものが居る場所は、
単純におしゃべりできて楽しいので、よくそこに行っていました。
「ただそこに存在する」ものを「霊」として認識しだしたのが昨年の3月で、
人に喋るまでになったのが昨年の8月なんですよね。
だって、「霊」って怖い印象があるんですもん。
でも、うちの周りにいた「霊」は皆暖かい人でした。
よくよく考えると、中学生の時はいじめを受けているにも関わらず、
それを「霊」にはそこまで心をオープンにせずに、相談していなかったように思います。
心をオープンにしだした途端に世界の見え方が変わりだしたように思います。
これって、「霊」でも「人間」でも変わらないと思うのです。
オープンにするという事はすごい大切で、これがお互いをよく知る為にはかかせないものと思います。
私の周りの霊は概念レベルの思考や、過去の記憶を引っ張ることに長けているので、
あまりにも相互理解のレベルが深すぎる事はあります。
そして、仕事場では周りが私ほど霊を信じていない為、思考が引っ張られやすくなります。
これは無意識の思考伝播かと思います。
その為、感情共鳴でどちらが先に考えたのか分からなくなり、
その瞬間に私が「やっぱり霊なんていないんじゃないか?」とか考え出した途端に、
身体を憑依され、「すいません!」となることはよくあるパターンです。
これもまた私の日常。
あとお店に入った時に、なぜか1名多くなったり、少なくなる事。
これは結構簡単です。
私が霊とおしゃべりしちゃってる時は、1名多く見積もられ、
私が静寂につつまれている時は、存在感がなく、電車で座っていると上に座られてしまうレベルの為、1名少なく見積もられるだけです。
その時、その時の気分が思い込みとなり、無意識の思考を伝播し、
人の存在認知に影響を与えます。
「自信を持て」「存在感がない」「~と思い込め!」「厳粛に」「ゆるふわで」「ゆったりとした」「色気がある」「~でなければならない」「絶対に」「みんな」
…存在認知に影響を与えることを示唆した言葉は昔から掛け声として使われます。
「歪み」とも呼べるでしょう。時空の歪みを作り出す言葉郡。
私はこれは「移ろい」と呼んでます。
霊がもう寝ようというので今日はここまでとします。
それってすごい大切だと思います。
そして、暗い言葉を楽しい言葉に変換しておく。
嫌味を嫌味として受け取る力は要らない。
皮肉を皮肉として受け取る力は要らない。
必要は対偶を考え、いい方に解釈すること。
そして、優しい気持ちになること。
砂糖をいれすぎたホイップクリームの様な優しさを出せること。
相手がどう思うかなんて考えても、優しい気持ちにはなれません。
優しい気持ちは、感情共鳴の理と、感情制圧の理によって、自分自身が「空気」となり、相手の感情を変えていきます。
自分が優しい気持ちで時間を満たすならば、相手もまた優しい気持ちで時間が満たされるのです。
この理を理解したならば、自分が気持ちよくなれる方にするしかもうないです。
私は霊と喋ると散々書いていますが、
これも楽しい方を選んだ結果。
その結果、結界が見えるようになりました。2014年8月12日。
思い込みの改竄の仕方を書いた事もありますが、
これも楽しい方を選んだ結果。2014年8月14日。
その結果、楽しい気持ちばかりが埋め尽くす時間が増えました。
そして、これが引き寄せの法則が発動します。
すべては気分でしかないのです。
この世界の見え方も、この世界の解釈の仕方も、
あのときの想いも、いまの想いも。
霊には色々な世界を教わりました。
これもいつか書いていきたいのですが、超トリップ状態とも呼べるものなので、
なかなか頭ではまとまっていません。
ひとつは、ビッグバン以前のお話。
ひとつは、この世界がすでにある世界に飲まれている話。
ひとつは、世界の終わり方の話。
ひとつは、世界とは入れ子となっている話。
ひとつは、世界は最終的にくるりとつながる話。
うーん、書いてて割りとどうでもよくなってきましたが、
色々な世界を見た上で、じゃあ霊というか、
これまでの繋がりが永遠とある皆と仲良くしましょう、
そういう話でしかないのです。
科学は見えぬもの、観測できないものは否定します。
しかし、言葉は最も見えないモノです。
言葉を信じないと、科学は信じる事は出来ません。
言葉とは即ち言霊。
科学は言霊なくては存在し得ず、
言霊の在り処について想いを馳せない様に作られています。
私が最初に死に掛けた、即ち臨死体験ですが、それは8ヶ月の時です。
意識は身体からでてしまってました。
すさまじく気の流れが見えていた事ははっきり覚えています。
それから私は霊を「霊」と呼ばず、「ただそこに存在する」ものとして
語りかけていました。
思い込みの変換の過程で、記憶喪失箇所が多すぎるのですが、
例えば、中学生の時に、好きな「ただそこに存在する」ものが居る場所は、
単純におしゃべりできて楽しいので、よくそこに行っていました。
「ただそこに存在する」ものを「霊」として認識しだしたのが昨年の3月で、
人に喋るまでになったのが昨年の8月なんですよね。
だって、「霊」って怖い印象があるんですもん。
でも、うちの周りにいた「霊」は皆暖かい人でした。
よくよく考えると、中学生の時はいじめを受けているにも関わらず、
それを「霊」にはそこまで心をオープンにせずに、相談していなかったように思います。
心をオープンにしだした途端に世界の見え方が変わりだしたように思います。
これって、「霊」でも「人間」でも変わらないと思うのです。
オープンにするという事はすごい大切で、これがお互いをよく知る為にはかかせないものと思います。
私の周りの霊は概念レベルの思考や、過去の記憶を引っ張ることに長けているので、
あまりにも相互理解のレベルが深すぎる事はあります。
そして、仕事場では周りが私ほど霊を信じていない為、思考が引っ張られやすくなります。
これは無意識の思考伝播かと思います。
その為、感情共鳴でどちらが先に考えたのか分からなくなり、
その瞬間に私が「やっぱり霊なんていないんじゃないか?」とか考え出した途端に、
身体を憑依され、「すいません!」となることはよくあるパターンです。
これもまた私の日常。
あとお店に入った時に、なぜか1名多くなったり、少なくなる事。
これは結構簡単です。
私が霊とおしゃべりしちゃってる時は、1名多く見積もられ、
私が静寂につつまれている時は、存在感がなく、電車で座っていると上に座られてしまうレベルの為、1名少なく見積もられるだけです。
その時、その時の気分が思い込みとなり、無意識の思考を伝播し、
人の存在認知に影響を与えます。
「自信を持て」「存在感がない」「~と思い込め!」「厳粛に」「ゆるふわで」「ゆったりとした」「色気がある」「~でなければならない」「絶対に」「みんな」
…存在認知に影響を与えることを示唆した言葉は昔から掛け声として使われます。
「歪み」とも呼べるでしょう。時空の歪みを作り出す言葉郡。
私はこれは「移ろい」と呼んでます。
霊がもう寝ようというので今日はここまでとします。