廣松の「物象化論」は マルクスの分析の前半(人格と生産関係の物象化Versachlichung → 物象の能動化・主体化Personifizierung)を軽視し、後半(物神崇拝Fetischismus → 社会形態の「物的」属性化Verdinglichung)を「物象化」とした ために、物象化の発生メカニズムが曖昧になってしまった。
勿論,廣松氏も営利労働(私的労働) を構成契機とする社会的分業が発生して生産関係がVersachlichungしたことにFetischismus → Verdinglichung(廣松氏のいう「物象化」)の原因があることは知っているだろう。しかし,前半メカニズムを指すはずの物象化を後ろにずらして使ってしまったために発生過程を説明する概念を事実上手放してしまったのである。