森戸 幸次「土地の歴史 ― パレスチナ所有の根源はどこに」より | 草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

自虐…それは資本の国家を愛すること。。。自虐史観を乗り越えて、「日本」のソ連化を阻止しよう!
The Rising Multitude

 

 

《スルタンはアラブの土地を自らが征服した所有地と見做して来たが、この征服地の所有権については、現地に住む原住民による土地使用(用益)によって制限を受けるという原則が適用されて来た。》 

 しかし、

《1858年、オスマントルコ統治下にあるすべての土地の登録・登記を進めて土地に対する法的な所有権を確立し、徴税することを目的とした土地法(Land Code)が初めて法制化された。これによってこれまで従来の土地所有制度はすべて廃止されることになった。》

《これを受けてパレスチナでは、スルタンが所有するミリの土地に帰属する土地が大半のため、この新たな土地法のもとで中央政府から派遣された執行者/代理人によって接収され、…略…、その後、タブ(トルコ語で土地の意味)と呼ばれることになる土地登記制度が確立された。》

《これ以降、パレスチナの土地所有権は、タプ料と呼ばれる土地購入の代金を事前に支払えば国家から付与されて、所有者は帝国番号を記した土地の権利証書(Title Deed)を手にいれることができるようになった。》 ⇒結果、以下に示すような5つの土地分類が形成された。

《1)ワクフの土地 — イスラム法に基づいて寄進された土地。…略…所有者がその所有権は保持しながら、その使用権=用益権のみを特定の目的のために放棄する》 《(2)ムルクの土地 — スルタンが地元の原住民イスラム教徒に付与した土地。》 《(3)ミリの土地 — スルタンの私有地(ミリとは、エミール/アミール=アラビア語での指導者、征服者の意味)に由来する言葉。パレスチナの土地はすべて征服者=スルタンの所有地とされており、主に村落に近い耕地、牧草地、夏冬の放牧地、森林地帯などが含まれる。》 《(4)マトルークの土地 — 放置された(マトルーク/Matrouk)土地。公道、共通の放牧地といった公共目的のために国から放置され(Tarak、アラビア語で去る、放置する、捨てるの意味)、公共用地に供される。》 《(5) マワトの土地 — 死んだ(マウト/Mawat)土地。山、岩地、石ころだらけの土地などの空き地、土地登記の所有者のいない放牧地、…略…、このような死地でも必要な者は当局の許可を得た上で、この土地の所有権がスルタンに帰属するとの条件のもとで耕作できる。》 

 

 登記され権利証書を与えられた土地は、上記5分類のうち(2)ムルクの土地ということになる。

 とりあえず、森戸論文を見る限りでは、イギリスによる国有化という話は出てこない。

 

莽崛起(The Rising Multitude)