軽佻浮薄の輩、この義を想わず---松陰、耕次郎と日韓併合--- | 草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

自虐…それは資本の国家を愛すること。。。自虐史観を乗り越えて、「日本」のソ連化を阻止しよう!
The Rising Multitude

【参照文献】
 
勝岡寛次「日本人として『韓国併合』をどう考えるべきか」
 『史』平成139月号(通巻28号)
 
 
斎藤吉久「朝鮮独立を支援した神道人」
 
西矢貴文「葦津耕次郎の政治観」
 

葦津珍彦の父、葦津耕次郎のことはこのブログで以前ほんの少し触れた。最近偶然西矢論文を目にし、さらに勝岡論文にたどり着き、改めて斉藤氏のブログ記事を読み直した。勝岡論文の奇妙なねじれを感じずにはいられなかった。
 
耕次郎の理想において大日本帝国が目指すべきものは、どのようなものであったか?それは建国の意義そのものであり、その意義が示されているものは、「天孫降臨に際し、天照大神の降し給える三大神勅すなわち是なり、三大神勅とは何ぞや、齋鏡齋穂、神籬磐境、天壌無窮の三大神勅すなわち是なり」と指摘し、「この神勅に基き、世界の正義と人類の平和を確立すること」こそ、国家目的とならなければならいという。耕次郎は、この目的の遂行を「知らす政治」、かみ砕いて「親切政治」と呼んだ。「人類萬有をして其の處を得せしむる政治」とも言っている。日韓併合を巡る耕次郎の言動から推して、「其の處を得せしむる」とは、統治の対象者の文化的思想的固有性を尊重するという意味であろう。決して、〈日本的なもの〉に無条件の普遍的妥当性を認めこれを採ることを他者に強制するという発想ではない。何かを押し付けて相手の固有性を否定することは、「親切」ではない。 
 
これは松陰の次のような言葉にも通じるものだろう。
「真に民心を得るに足らば、其の余亦何ぞ多言せん。世の軽佻浮薄の徒、此の義を想はずして徒らに遠略に志すは、吾が甚だ懼るる所なり。」(『講孟余話』巻の一)
そして二人が共通して依拠したのが、孟子の次の一句である。
「之を取りて燕の民悦ばば、即ち之を取れ。…之を取りて燕の民悦ばざれば、即ち取る忽かれ。」(梁恵王章句下)
耕次郎はそもそも、功利という西欧的基準で行われる政治を嫌悪していた。これを天照が窘めた「ウシハク政治」と捉え、「知らす政治」の対極にあるものと見做した。西矢によれば、耕次郎にとって「ウシハク政治」とは、「私有または力制」による政治を意味した。これに対抗して日本が「知らす政治」を世界に展開する必要性を耕次郎がどう考えたかを西矢は次のように説明している。
《他国における政治は、利己的功利的であるために、本来的に利己のみで満足することない人類は、宗教にその役割を求め、「実生活と心の生活との二元国家」を現出する結果となってしまう》(西矢前掲論文)
「実生活と心の生活との二元国家」という指摘は、マルクスが『ユダヤ人問題によせて』で展開した近代社会批判と全く合致する。 
 
そして、欧米の政治は、利己的な実生活を推し進める手段になる。他国への「進出」・「支援」も実利的・功利的基準でしか評価されない(今日においても「民主主義」や「人権」を押し立てているが,その内実たるや,諸々の文化・文明の固有性と矛盾しない普遍性としてのそれではなく,当代覇権国家=米帝のご都合に合わせて歪曲されたそれでしかない)。だから、そのような欧米政治に代わって当事者の固有性の尊重という「正義」を日本が世界に対して行う意義があるというのが耕次郎の本懐であろう。
 
勝岡論文からは、松陰の考え方など多くを学んだが、ニューヨークタイムズをはじめとする欧米やロシアの新聞等の論説を以って、日韓併合を韓国側も評価・歓迎すべきことだと言おうとしている点は、少なくとも耕次郎の考えとは相いれないといわざるを得ない。
 
齋藤も耕次郎の次のような言葉を紹介している。
「孟子にも、『これを取りて、燕の民喜べば、取るべし』とある。日韓併合で全道二千万の民が喜ぶのなら差し支えないが、日本の政治家は日本国民を喜ばせる方法さえ知っていない。ましてや韓国二千万の国民はみな悲憤慷慨(ひふんこうがい)している。にもかかわらず、あえてこれを併合し、わが国の馬鹿政治家に任せたぐらいでは、とても韓国の民を喜ばせ、信頼させることはできない」
勝岡は、耕次郎を引き合いに出しながら、耕次郎が批判した視点から併合を正当化しようとしている。嘆かわしいことである。