《違います。アソシエーション革命による、労働者協同組合を社会基盤にして交渉によって調整される「協同組合型社会」を目指しました。労働者が「労働・経営・所有」を兼ねて、分業が廃止されて人が人を支配することがない、階級も国家も存在しない社会です。》
ただし、資本家は、(ソ連などのいわゆる「現存社会主義」における企業所有者としての国家それ自体も含めて)自己増殖する価値としての資本が、人格化したものです。マルクスは、資本の自己増殖運動自体を揚棄しようとしていたのですから、資本の人格化である資本家の存在の余地は、アソシエーション社会においては、勿論なくなります。したがって、厳密な意味での、すなわち資本の人格化としての資本家に労働者を転化させることを目指していたわけではありません。
杉本龍紀氏は、革命を通じての労働者の変化について次のように述べています。
《社会主義革命を通じて追求されねばならないのは,次のことである。すなわち「労働者」の地位におとしめられた直接的生産者が,「労働者」と「生産者」との分離・対立を止揚し,自ら「生産者」へと転化していくことである。それはとりもなおさず,生産手段を我がものとし,自ら生産に関する全てを決定し,自ら生産過程を律する存在となることである》(杉本龍紀「『労働者』から『生産者』へ: ロシア革命における 『生産者』 の萌芽と否定」 經濟學研究= ECONOMIC STUDIES 40.4 (1991): 39-65.)
「労働・経営・所有」を兼ねる存在を杉本氏は「生産者」と呼んでいるわけです。これは革命の内容、資本主義の揚棄とは何かを理解する上で非常に重要な論点です。

