サンシモンはなぜ社会主義者と考えられてるのですか? | 草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

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『空想より科学へ』でエンゲルスが「サンシモンには…厳密な意味での経済思想を除いて,後代の社会主義者たちのほとんどすべての思想が萌芽として含まれている」と評価したことが影響しているのだと思います。

エンゲルスが「萌芽」として言及しているのは,次の4点です。

(1)歴史を階級闘争によって突き動かされるものと見たこと(ご指摘のように資本家と労働者の対立をサンシモンは基本的に知らず,産業者という同一階級として把握していましたが,エンゲルスは当時の社会状況としては労資対立はまだ深刻化していなかったのだから,それは無理もないことだと考えていたようです)。

(2)政治は生産に関する科学であると言明し,政治学は経済学の中に没してしまうと指摘し,国家死滅論につながる思想を提示したこと。

(3)「すべての人間は労働しなければならない」という命題を立てたこと,

(4)国民主義,民族主義を超える国際連帯を解いたこと。

個人的には,エンゲルスのこのような「評価」が妥当なものだとは思いません。

そもそも(1)が社会主義の要件なのか疑問ですし,(2)以下の項目も,サンシモンの言っていることをエンゲルスが自分の見解に引き付けて解釈しているだけのように思えます。

そして何より問題なのは,エンゲルスが,マルクスとサンシモンの決定的な差異に全く気付いていないらしいという点です。

《あらゆる社会制度[régime social]は哲学体系の応用である。したがって、制度に対応するはずの新たな哲学体系をあらかじめ確立しておくことなしに、新たな制度を設けることは不可能である》(サンシモン『産業』)


これは,理論や思想が社会を作り出せるという話で,ハイエクが批判した設計主義というやつです。ハイエクは,すべての社会主義がこの設計主義の思想を抱え込んでいると考え批判しました。その意味では,サンシモンは確かに,〈設計主義としての社会主義〉の創始者といっていいのかもしれません。

しかし,マルクスの方はこれとまったく正反対の主張をしているのです。

《人間の意識がその存在を規定するのではなく、反対に人間の社会的存在が彼らの意識を規定する》(経済学批判序言)


ここから次のような指摘をする論者がいますが,全く首肯できるところです。

《マルクスが社会の基盤に生産関係を据え、人間の精神活動を二義的なものとしているのに対し、サン=シモンは「新たな哲学体系」を出発点として、社会制度の構築を提案する。エンゲルスによって、サン=シモンには社会主義思想のほぼ全てが萌芽として含まれて いると評価されているが、社会の基盤を何に求めるかというこの点において、マルクスとの明確な相違を見て取ることができるだろう》(白瀬小百合「封建体制から産業体制へ」)



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