公共投資は、産業分野間の投資配分の如何によって産業構造に影響を与える。公共投資によって産業構造を変える、あるいは現状を固定することができる。
政府にあるべき産業構造を決めることができるか?
たぶん、無理。
ではだれが決めるか?
市場。
市場とは、生産者すなわち個別資本の競争の帰結のことか?
そうだ。PFIなど通じて市場の判断を公共投資に反映させるのだ。
個別諸資本は、一国の産業構造を考えて行動しない。投資可能な地球上の全地域を環境条件として、自己(個別資本自身)の最適行動を選択する。無数の個別資本のそうしたバラバラの行動の集合的威力が市場の「判断」となって現われる。それが、「国民経済」の産業構造に適切な転換をもたらす保証はない。
では、だれが決めるか?
消費者だ。さらに言えば、消費者の大多数を占める労働する諸個人(失業者を含む)だ。
何が言いたいのか?
従来の公共投資を改め、勤労世帯、失業者、疾病・高齢等による就労困難者への直接的所得補填に予算の過半を投入すべきだ。増加した可処分所得で、これらの人々が購入する財・サービスの供給分野が「成長産業」となる。
当面は、「国民経済」の枠内での回復を図らなければならないとすれば、「国内」に一応は根を下ろしている労働する諸個人の間の「暗黙知」を活用して産業構造の調整を図るべきだ。
消費を通じての間接的投資というわけだな。しかし、人々が、投資(消費)したくない、投資(消費)すべき対象がないといって、貯蓄に回るだけではないのか?そうなれば、金融機関を通じて資本の側が投資対象を決定することになる。元の木阿弥ではないか?
ゲゼルスタンプのような減価型かエコポイントのような使用期限付きの所得補填とすればよい。また、投資対象がないという可能性は、低くないので、労働する諸個人自らが起業によって必要を満たすことを支援する策を併用するべきだろう。例えば、労働者自主企業への出資(配当目的の投資ではない)希望者には追加の所得補填をし、さらに少額を事業者ではなく出資希望者に融資し、事業が一定の要件を満たす順調な運営を実現しているなら、返済を免除するなど。協同労働の協同組合法の制定が前提となる。