《すで、に,古典には,私的所有のもとで,破壊力としてあらわれる生産力という規定があった。「……現存する諸関係のもとでは害悪しか惹き起こさないような,もはや生産力ならずして破壊力(Destruktionskraft)であるような, そういう生産力と交通手段(機械と貨幣)が呼び出されるような段階が現われる。」Deutsche Ideologie,Marx-Engels Werke,B d. 3,S.69
「……この生産諸力は,私的所有のもとでは一面的な発達しかとげず,大多数の者にとっては破壊力(Destruktionskrafte) となり, 私的所有の埒内では当の生産諸力の相当量が全く使用不能の域におしとど、められる。》Ebenda,S. 60.
《生産力の根幹に,この労働主体の労働能力があることは,すでに確認してきたが,生産力の破壊の根幹も,これに対応して,まさにこの労働主体の労働能力破壊として存在する。》《古典には,労働能力の破壊に関して, 「生命の愚鈍化」,「生命力の抑圧化」,「労働能力の一面的発達」などの豊富な規定が存在している。/都市問題の古典たる若きエンゲルスの名著『イギリスにおける労働者階級の状態』は,都市住宅環境の劣悪さ, とくに通風の悪さが,労働能力の再生産を困難にし, 「肉体的,精神的な衰弱と,生命力の抑圧」を招いているとしている。都市環境問題を, 生産力の問題としてみる上で, この「生命力の抑圧」という規定は重要な視点である。》
資本は、個別資本として労働力の過剰消費や一面的「発達」を通じて直接的に労働力を…続きを読む



