久々にレッスン日記を書いてみようかと。

今、レッスンでやっているのは、ヘンデル作曲(と言われている)ヴァイオリンソナタ第3番 ヘ長調の第1楽章です。


ポジション移動が頻繁にある曲(教本ではそうなっている。)なので、それに伴い、音程もビミョウなことにならないように、気をつけないといけない感じになっています。
あと、アソシエ的には、慣れない装飾音にとまどっていますよ。

師匠からは、以前から「ヘンデルらしく弾きなさい」と言われているのですが、
「ヘンデルらしくって何?」
という何ともばっくりとした疑問に取りつかれ、練習するにも気が重い感じになっているのも事実です。


そんなアソシエ、今日(7月18日)は、ヘンデル3回目のレッスンでした。
近頃仕事が忙しく、ろくに練習していないアソシエとしては、ポジション移動と音程に気を配るだけで、結構いっぱいいっぱいだったのですが、師匠からは今日こんなことを言われました。

「どうして、ヴィブラートかけないの?」

かけないの?と言われて、うーんと考えてみました。

・余裕がない。
・もともとヴィブラートがあんまり好きではない。
・バロックって、そんなにヴィブラートかけて弾くもんじゃないと思ってる。

いろいろありますが、一番大きいのは、「余裕がない」ですね。


「うーん」と考えてるアソシエに、師匠はこんなことをおっしゃいましたよ。


「そんなにきれいなヴィブラートが出来るのに、もったいない!
そりゃ最初は、ちょっと教えたけど、後は自分で出来てるやん。
みんなもっとヴィブラートには苦労してるんやで。
ヴィブラートって、ある意味訓練とか練習ちゃうねん。
センスとか才能みたいなもんやから。
なのにあなたは、平気で、ヴィブラートかけずに弾くやろ。
ここぞというところで、つまらない音を出して、平気でいる神経がボクには理解できない。
どんどんかけていかないと、音楽も豊かにならへんし、出来てるもんも出来なくなってくるよ。
だから、もっとかけるように意識しなさい。
一回、自分のヴィブラートの音、聴いてみたらええねん。」


ある意味、ありがたいお言葉なんですけど、素直に受け取れないオトシゴロなんですよね。
自分ではヴィブラートが出来てるとか、思ったことないですし、つまらない音=ヴィブラートをかけない音だとは思ってないですしね。
確かに、ここぞいうときに、かけてないのは、イカンと思いますが。


しかし、褒められたのか、褒められてないのか、ようわからんのですが、一部褒められてるんでしょうね。
でも、「自分で納得してやった感」があまりないことに対して褒められても、素直に嬉しいと思えない生徒でごめんなさい。


褒められ慣れてないからかもしれんなあ。