僧侶が読むお経と一般の人が読むお経とではやはり違いがあります。
人は4つの身体を持っていて、「肉体、幽体、霊体、仏体」の4つから成る。
僧侶とはその「仏体」の波動を毎日響かせる修業を行っています。
日頃からこうした仏性の波動を響かせ、光を降ろせるようにして行きます。
日頃から仏と繋がり、守護神のご加護のもと日々座禅をし、祈り、本来の自分(仏)と向き合うことで仏性の波動を響かせます。
それをお経の持つ高い波動と一致させることで、亡くなった方に高い波動を提供することが出来るようになるのです。
同じお経を読むにもどの体で読むのか。
そこに大きな違いがあります。
例えば子どもを叱る時に感情で叱ったのか、子どもを思いやり叱るのか。
子どもへの伝わり方は違って来るものです。
それでは僧侶に任せておけば供養になるのかと言うと、そう言った訳ではない。
家族の愛する思いと一つになってこそ本当の供養となります。
本当の供養とは大きな光を降ろして行くことであるため、家族が日頃から祈りを通して光を降すことが大切。
その土台の上に僧侶が強い光を降ろすことで効果がさらに大きくなるのです。
家族と僧侶が同じ方向で一体となった時、
強い光で亡くなった方に大きな目覚めを促すことで供養となるのである。
(※本引用)

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