「従流志不変」
これは〝流れには従えど志は変えず〟と言う意味です。
そこから見てみる自分の器。
この器にはどれだけの価値があるのでしょう。
人の器とは人生を歩みながらつくり上げていくもの。
小さな環境の中で教えられ見聞きし、
ほんの少しの経験から出来上がった今ある器。
よ~く見てみると自身のその器とは、
固執するほどの価値ではないのかも知れません。
例えば器を変えれば仕事が繁盛すると言う定義があります。
仕事がうまくいかないのは自分の枠の中でしか動いていないから。
世の中は情報社会でにわか知識が入りやすくなりました。
しかし簡単に得た情報とは短絡的な知識となりやすく、
それらも自身の経験値内での答え合わせに変換してしまうので、
実際は根底にある考えが変わっていなければ状況は一変しません。
いかなる時もジャッジは神仏が行う、と言われています。
今自分が置かれている状況を見渡せばそれらが結果であり、
神仏は私たちにわかりやすく教えてくれています。
自身の考え方に固執することは悪いことではありませんが、
いつまでも変化が出来ない人は成功への道は遠くなるのかも知れません。
ただ、その枠を外し踏み越えることが出来ると状況は必ず変わります!
時代は日進月歩から秒進分歩となり、
私達は常に変化と進化が求められています。
心に信念・志を貫きつつ、小さな考え方に固執せず、
自身の器を時代とともに変えて行くことが大切なのではないでしょうか。
私自身も戒めとして・・・
asshran
okada