私は、自分の感覚を

真実だと感じている。

 

頭で考えることは、

真実を歪めているように感じる。

 

思考は、いつも

意識を現実から逸らそうとする。

 

「こうあるべき」と言う思考は、

有りたい未来を想定している。

 

でも思考にあるものは

現実ではなく喜びも無い。

 

その声に引っ張られると、

訳が分からなくなっていく。

 

そこには心が無い。

 

心が落ち着くのは、

真実の感覚を生きている時。

 

「いま、ここ」に感覚が

生きていて、

 

それと繋がることが

喜びであると感じる。

 

その感覚的繋がりにおいて

その心の奥から湧いて来る

 

命の温かさが

私の心を癒してくれる。

 

心がふっと軽くなったり、

胸の奥がじんわり温かくなったり――。

 

それって全部、

自然な自分。

 

思考が無くなって

思いのままに生きている時の自分。

 

感情って、私が、

命の心を受け取ること。

 

私の本当の自分に出会うこと。

 

 感情から目をそらすと、

苦しくなるのは、

 

本当の自分を生きようとしていないから

 

私には、怒り、悲しみ、

不安が渦巻いている。

 

それとの向き合い方が

まだ十分に分かっていない。

 

落ち込む自分って

心を否定している自分だと思う。

 

自分の心、命のニーズを

あるがままに感じ取りたいと思う。

 

そこから目を逸らすと

モヤモヤや苦しさを深めていく。

 

感情は、命のエネルギーの

素直な表現なんだ。

 

「悲しさ」と「寂しさ」の奥には、

“愛されたい”という命の声が潜んでいる。

 

「怒り」の奥には、

“大切にされたかった”という願いがある。

 

その“根っこ”にあるものは、

誰もが持ってる命の純粋さ。

 

人間が本来もってるやさしさ、

思いやり、信頼する力。

 

 本当のつながりは、

心の感覚を受け止めること。

 

そこには、自分がどう

有ればいいかを知っている。

 

本当のつながりって、

命同士が信頼し合っている感覚だと思う。

 

そのためにも自分の命の

本当の願いとつながっていることが大切なんだと思う。

 

自然は、命の純粋さそのもの

自分が自然になることで自分にもどれる。

 

瞑想も自分を取り戻すツールだけど

自然の音に耳を澄ませたり、

 

ゆっくり深呼吸してみたりする時に

心の奥からふっと力が抜けてくるのを感じると思う。

 

私達は、命を生きている。

地球のリズム、命のリズムって、

 

本当は私たちの中にも働いている。

 

そのリズムを生きてあげる。

その自然を素直に表現する。

 

その繋がりで私たちは

「自分らしさ」を取り戻せる。

 

心から湧き起こる

感覚に気づいて

 

それと一つになる。

その自然と調和する。

 

すると人生が、

少しずつ優しく変わりはじめると思う。

 

そんな人生にしたい。