うつな気分は、自分が
思い(感覚)を抑圧している。
どうして私は、
感情を否定するのか?
私が、鬱の時、
感情の発散を我慢している。
その時、私の気持ちは、否定される。
思考は、答えを探すが、
感情が答えを持っている。
その感情のニーズに気付いてあげないと
感情は心を解放できない。
意識は、何に気付いたのか?
そのを自動思考で処理をすると
その感情を否定して
終わらそうとしている
インナーチャイルドがいる。
そこに気づく必要がある。
私の感覚は、何なのか?
心の声は、私ではない。
私は、心を感じるが、
心は、私に何かを発している。
私は、ジブリ作品で
自分の心が動かされるのを感じる。
それは、私であり私の感覚だが、
そこにどんな意味があるのか?
私は、過去の価値観で
命の声を否定して
命が、苦しんでいる。
それを鬱だと感じる。
その心の声をくみ取ってあげないと
苦しみから抜け出せない。
感覚は、自然に沸き起こる。
その自然をあるがままに受け止めると
命は、自然になれる。
それを過去の価値観で
命の自然を否定すると
命は、自然で居れない。
自分が自分の自然を破壊している。
我慢は、自然な感情を堰き止める。
命の自然を止めることは出来ない。
それを薬で抑える。
何か間違っている。
ありのままの大切さに
どうしら気付けるだろうか?
その不自由さで、
何を守ろうとしているのは何だろうか?
私の感覚が私に伝えたい
大切なニーズは何なのか?
まず、感覚の声を聴きいて
そのニーズに応えてあげたい。
