心とは、何だろうか?

 

私の思いは、

感覚に縛られている。

 

心が、悲しんでいることに

私は、気付く。

 

私は、その感覚に縛られる。

 

私は、心を感じるが、

心は、私ではない。

 

心は、それ自身の

感覚を持っており

 

独自の判断をしている。

 

私は、心の思いに対して

何をすべきか考える。

 

しかし、私が、心に反応しない時

心は苦しむのだと感じる。

 

心は、私と感覚で

対話する。

 

心の感じに

私は、応えようとする。

 

普段の私は、

あまり心を気にしない。

 

私の意識は、感覚を無視して

独走する傾向がありそうだ。

 

私のエゴが働きだすと

私は、感覚に気付かなくなる。

 

それを他人は、

鈍感と感じるが、

 

私自身が、感覚に

鈍感なのだ。

 

エゴが避けたいのは、

欲の損失で

 

心が避けたいのは、

鈍感により傷つくこと。

 

悲しみと言う字は、

非が心の上にのしかかっている。

 

その非とは、心に反する

エゴの意識である。

 

その意識が心を拒否すると

心は、萎えてしまう。

 

心の反発と

エゴの葛藤になる。

 

私は、どうして

心を無視してしまうのか?

 

エゴの恐ろしさを

理解すべきだと思う。

 

心を否定すると

心は悲しむ。

 

心をあるがまま受けいれて

心を解放しよう。

 

心があるがままであると

自然に喜びが湧き起こると感じる。