鈴鹿の風はもう秋の風だった・・・
劇的なドラマの舞台は、いつも、この鈴鹿サーキット、国際レーシングコース。94年、全日本チャンピオンとして、初めて、GPにワイルドカードで参戦し、#1を初めてつけた世界王者シュワンツとの一騎討ち。96年、最後まで自己ベストを叩き出し、ブッちぎり、涙の初優勝。そして、2000年。125cc、250ccと日本人GPライダーがいずれもセンターポールに日の丸を掲げ、しめくくりとなる500ccクラス。125ccを思わせる多数での接近戦から抜け出したのは、#6のヤマハYZRと#2スズキRGV-Γ。最終ラップ。スプーンカーブを立ち上がり、バックストレッチ。場内実況のみし奈アナウンサーが興奮した口調でその模様を伝える。「さあ、バックストレート!この間隔があってはスリップは使えない!ノリックがピタリとカウルに伏せていく!ケニーも懸命に追っていくが、この差はスリップは使えない差だ!ノリックが来る!ノリックの伏せ方はきれいだ!そして、130R、ノリック、トップで・・・。さあ、そして、ちょっと、リアが滑るが大丈夫!シケインだ!ケニー・ロバーツもレイトブレーキングで来るが、ここはノリックが抑えそうだ!ノリックが抑えた。さあ、ケニー、2番手で最終コーナーへ!ノリックだ!ノリックだあ!ノリック優勝!!!!」2000年4月9日。実際にGPを観戦するようになり、いつか、こんな日が来ればいいとは思っていたものの、本当にこんな日が来るとは思わなかった・・・。125cc、250cc、そして、500ccクラス。すべてのクラスを日本人が優勝し、9つのうちの8つの表彰台に日本人GPライダーが上がった。こんなに日本人が表彰台に上がるとは夢にも思わず、ウィニングランで手渡されるはずの日の丸が足らなくなり、V6の長野君から手渡された日の丸はとても小さな日の丸だった。日の丸の旗はとても、小さかったけど、しかし、あのときのシーンはとても輝いていた。あのときは、鈴鹿の桜も満開で、鈴鹿の風も春の風だった・・・。2007年10月。全日本最終戦。風は国際レーシングコースの最終コーナーからホームストレートを海側の1コーナーへと吹き抜けていた。鈴鹿の風はすでに、秋の風に変わっている。あなたのレースシーンはもう、ここでは見ることはできないけれど、あの感動的な思い出は永遠にこの場所とファンの心の中で生き続けることでしょう。