東洋のモナコ・・・
東洋のモナコ、F-1の登竜門・・・。そんな風に呼ばれるレースが日本以外のアジアにありまして・・・。その歴史は鈴鹿のレースよりも更に遡り。戦後、まだ、ポルトガル領だった時期に富裕層の道楽から始まったとされ、その歴史を重ねる事、63年、二輪レースについては50年の歴史を積み重ねているレース。それが、中国はマカオで毎年11月に開催される、マカオグランプリ。まあ、メインは日曜の最終レース、FIA F-3 ワールドカップという事になりますかね。F-1で活躍しているドライバーの大部分は、このマカオF-3を経験している・・・と言われておりましたが、近年、どうなんでしょうね?まあ、確かに、過去の優勝ドライバーを拾っていってもリカルド・パトレーゼ、ロベルト・モレノ、アイルトン・セナ、マウリシオ・グージェルミン、マーチン・ドネリー、デビッド・ブラバム、ミハエル・シューマッハ、ラルフ・シューマッハ、佐藤琢磨・・・と、まあ、F-1ファンならお馴染みの名前が並んでいる訳ですが・・・。で、まあ、メインはどうしても、四輪になってしまうのですが、実は二輪レースも行われていて、これが土曜の最終レース、Macau Motorcycle Grand Prixとして開催されているおります。まあ、このバイクレースの方も日本人にとりまして、かつては、そうそうたる名前の選手が参戦しておりましてですね。特に、マカオモーターサイクルグランプリの黎明期に参戦している名前を見ると・・・。長谷川弘、本橋明泰、高井幾次郎、河崎裕之、安良岡健、金谷秀夫、浅見貞夫、荘利光、輝井嶂、小田豊・・・と、まあ、ヤマハ、スズキ関係のオールドファンなら涙がちょちょ切れる・・・かもしれない名前が連なっているおる訳であります。で、私がレースを見始めた頃というのは、河崎さんは、全日本500cc、ヤマハワークスで最年長の現役だったかな。(87年の日本GPの時なんか、フル参戦の平選手よりも速かったものだから、わざわざ、平選手を前に行かせたなんて事もありました。)安良岡さんは、500でプライベートのチームを立ち上げていて、松本憲明選手がRS500で走っていましたね。荘さんは、バイク雑誌でバイクのインプレッションをされたりとか、金谷さんは、TBCビッグロードレースで解説をされたりとかですね。(TBCビッグロードレースでの初の解説で、ほとんど、喋らなかったというのも伝説らしい。)まあ、金谷さんと言えば、サーリネン、アゴスチーニと同時期に500ccクラスを走った人ですからね。日本人の500ccの歴史を紐解くと、一番最初に恐らく、名前が出て来る人です。高井さんは、私がレースを見始めたときには、既に、この世の方ではなかったのですが・・。伝説の人ですよね。TZ750で叩き出した、鈴鹿の絶対レコード。ある雑誌では、こんな風にも表してましたね。「ケニーよりも速かった男」と。TAKAIの製品はグローブ、チーム・ロバーツのジャケットと、しばらく、私も愛用していました・・・。で、70年代後半から80年代に入ると、GPでも、そこそこ、目につくライダーがエントリーしているんですね。Mick Grantあの、ホンダがNRを走らせていたときの片山選手のチームメイトね。Ron Haslamロケット・ロン。レオン・ハスラムの親父。Joey Dunlopミスターマン島。Roger Marshall・・・ちょっと、手元に情報が少ない。Didier de Radigues元祖イケメンかな・・・。91年にスズキ入りしたときは「えっ!なんで? なんで、マッケンジーが残らないの?」と思ったのは私だけじゃないはず・・・多分。一番のビッグネームは・・・88年に参戦している、Kevin Schwantzですかね。もう、シュワンツは語る間でもないので、割愛。92年には、本間利彦選手もエントリーして、ワークスYZRを駆り、ヒート2で優勝しているんですよね。が、総合優勝はハリス・ヤマハ・YZR?で参戦していた、Carl Forgartyこちらもビッグネームですね・・・GPでは大成しなかったけど、スーパーバイク世界チャンピオンだし・・・。あっ・・・。長くなったので、とりあえず、ここまで。続きは来年。