カピロッシ引退
ロリスカピロッシ。過去に一度、記事にしたのですが、お時間のある方はそちらもお読みください。http://blogs.yahoo.co.jp/ttassen/18575719.htmlhttp://blogs.yahoo.co.jp/ttassen/18646933.htmlhttp://blogs.yahoo.co.jp/ttassen/18647120.htmlその38歳のカピロッシが今季で引退だそうです。http://www.motogp.com/ja/news/2011/Capirossi+announces+retirementチーム・ピレリ時代に125ccクラスのワールドタイトルを2年連続で獲得。当時はイタリア国内の二輪免許をもっていないにも関わらず、世界タイトルを獲得したということで、普段はGPを報道しない一般スポーツ誌にも取り上げられたりしていました。それと、90年のタイトル獲得のときは、オランダ人ライダーのハンス・スパーンとタイトル争いを繰り広げ、最後はいわゆるイタリア人包囲網でスパーンを取り囲んでもらってなんてこともあったんでしたっけ・・・。91年の最終戦のマレーシア・シャーアラムで坂田、若井を一歩、突き放してトップを奪ったあのしぶとさというのは、さすが、ワールドチャンピオンは伊達じゃないと思わせました。赤いスカーフを首に巻いて走る姿が当時は印象的でした。「1位がダメなら、2位を狙いなさい。2位がダメなら、3位を狙いなさい。でも、それより下はだめよ。」母親から、そんな風に教えられていたとか。忘れられないのは、やっぱり、93年シーズンかな。鈴鹿の日本GP。デグナーを過ぎた辺りの立体交差付近でハイサイド。でも、ここでひっくり返って、頭を打ちながらもステアリングを離してなかったんですよねえ・・・。それも驚きでしたけど、そこから、諦めずに再スタートして、最後はキッチリとチェッカーを受けて、ポイントを獲得しているんですよ。さすがに、クールダウンはせず、チェッカーを受けてからコンクリートウォールにマシンを寄せて、チームスタッフに抱きついて、ワンワン泣いてましたけど。このときの悔し涙というのが、後々、シーズン最後の最後まで利いてくるとは、このときは予想もしませんでした・・・・。シーズン序盤こそ、パッとしなかったものの、いつの間にか、頭角を現し、シーズン終盤にはとうとう、ランキングトップの原田を捕まえ、ポイントランキングも逆転。シーズン最終戦のスペイン、マドリッド郊外のハラマGPでは例え、原田が優勝してもカピロッシは4位以下でなければ、優勝が決まるという、ものすご~く、有利な条件で最終戦を迎えることに。タイヤはダンロップとはいえ、車はホンダのNSR。対する原田はヤマハワークスの総力を注ぎ込んだ?市販車ベースのTZ-M。(でも、あれは事実上のYZRだったんでしょうね。NSRには引き離されてはいたけれど・・・。)普通に走れば、もう、誰もがカピロッシのワールドタイトル獲得は間違いないと思っていたはず。かくいう私も、もう、日本人ワールドタイトル獲得なんて、全然、諦めモードに入ってましたもの。深夜にWOWOWの録画をセットして、そのまま、眠って、朝一番にトーチュウの朝刊を読んで、驚きました!!!!!まさか、こんなことって・・・・。そして、改めて、WOWOWの放送を見て、これまた、感動!!!!!当時の実況、柄沢アナや解説の八代氏も大感動!!!!。世の中に、こんなすごいレースがあって、こんなスゴイことを成し遂げてしまった日本人選手が居たことに、これまた、感動してしまったのでありました。あっ、いかん。つい、93年シーズンのことになると、原田の話になってしまう。カピちゃんの話ね。93年シーズン。私達はものすご~く、感動したけれど、恐らく、カピロッシにとってはものすご~く、悔しいシーズンになったことは間違いないと思うんです。普通に考えて、原田が優勝できる可能性なんて、ものすごく、小さかったし、普通に走れば、カピロッシが表彰台にあがる可能性の方が高かったわけで。掴みかけていたというよりは、ほとんど、カピロッシが掴んでました。93年シーズンのワールドタイトル。が、ハラマの勝利の女神にカピロッシはそっぽを向かれ、女神は東洋から来た小さな若者に微笑みを投げかけたのでした。掴んでいたワールドタイトルを「これ、君のじゃなくて、やっぱり、原田君にあげるね。」なんて感じで持っていかれた日には、そりゃあ、もう悔しくないわけないでしょう。結局、このときの悔しさは5年後のあの最終戦につながっていくのかなと・・・・。98年にワールドタイトルという名前は手にしたものの、その代償はあまりに大きく・・・。93年に原田がハラマの何万という大観衆からオーレの大合唱を受けたのとは雲泥の差でもありました。その後、ダーティなイメージを持ったまま、現役生活を続けることになってはしまったけれど、それでも、20年以上の長きに渡り、第一線で走り続けて来たのはカピロッシたる所以なのでしょうか。98年のことは残念ながら、忘れることはできない。けれども、ここまで現役で走ったことは十分、賞賛に値すると思います。ロリス・カピロッシ、お疲れ様。Signor Loris Capirossi, Riposati bene, Gratzie.