先日、4年前まで一緒に働いていた元部下たちと、久しぶりに飲みに行った。
きっかけは30歳代の女性の元部下から届いたLINEだった。
彼女は当時、子育てが忙しく、私の退職時の送別会に参加できなかった。
それがずっと心残りだったらしい。
「久しぶりにみんなで会いませんか?」
そんな連絡をもらった。
彼女が当時の同僚たちにも声をかけ、集まったのは5人。
御茶ノ水の創作居酒屋で、久しぶりの再会を果たした。
64歳の私。
50歳代の男性が2人、60歳代の女性が1人、そして30歳代の女性が1人。
全員、かつて私の部下だった人たちだ。
50歳代の男性の一人は転職し、現在は六本木のディベロッパーで働いている。
他の3人は、今も同じ会社で働いている。
元部下たちとの再会が嬉しくて、私は少し奮発して、一人ひとりにお土産まで用意した。
何より嬉しかったのは、私が会社を辞めてから4年も経っているのに、
「また集まりましょう」
と言ってもらえたことだった。
私は長いサラリーマン生活の中で、いろいろな上司のもとで働いてきた。
そして、正直に言えば、
「退職してからも、また会いたい」
と思う上司は、そう多くない。
むしろ、
「もう二度と会いたくない」
と思う上司もいた。
だからこそ、今回の再会には特別な意味があった。
少なくとも私は、部下たちに嫌われるだけの上司ではなかったのだろう。
自分のやってきたことは、間違っていなかった。
そんなふうに思うことができた。
そして、あらためて気づいた。
私が生きるうえで、大切にしているものは何なのか。
それは、
「あなたがいてくれて良かった」
そう思ってもらえることだ。
お金でもない。
肩書でもない。
有名になることでもない。
誰かの人生の中で、
「この人がいてくれて良かった」
と思ってもらえること。
それが、私にとっての生きる原動力なのだと思う。
64歳になった今も、私はそのために働いている。
飲み会の帰り際、
「今度は忘年会をやりましょう」
という話になった。
もしかすると、社交辞令だったのかもしれない。
それでも私は嬉しかった。
なぜなら、そこには、
「また会いたい」
という気持ちが少しでも含まれているように感じたからだ。
私は来年、定年を迎える。
仕事をしている間は、会社の中に自分の居場所がある。
誰かから仕事を頼まれる。
誰かに相談される。
誰かの役に立つ。
それが当たり前の日常だった。
しかし、定年を迎えた瞬間、
その「当たり前」がなくなる。
仕事以外で、自分を必要としてくれる人がいるのだろうか。
これは、老後のお金よりも、私にとって大きな心配事なのかもしれない。
老後というと、
「いくら貯金があるか」
「年金はいくらもらえるか」
「健康でいられるか」
そんなことばかりが話題になる。
もちろん、それらも大切だ。
でも、本当に怖いのは、
「自分は、誰かに必要とされているのだろうか」
ということなのかもしれない。
定年になったら、会社という「役割」はなくなる。
肩書もなくなる。
でも、人としての価値までなくなるわけではない。
だから私は、これからの人生で、
「あなたがいてくれて良かった」
と言ってもらえる場所を、仕事以外にも少しずつ増やしていきたい。
そして、いつか自分が誰かにそう言う側にもなりたい。
老後に必要なのは、
お金だけではない。
「自分には、まだ誰かの役に立てることがある」
そう思えること。
それが、これからの人生を生きる力になるのだと思う。
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